第107話 帝国からの脱出
【アレイシア城 中層 飛空艇プラットホーム】
「どこ行くのですかぁーー!?」
「邪魔だ!」
私はアサルトライフルを暴発させながら走り迫ってきたクローン兵を斬り殺すと、素早くデルタ型の小型戦闘機に飛び乗る。
私たちは炎上する飛空艇プラットホームに辿り着いた。ミズカとパトラー、フウカ、コミットが小型飛空艇に乗り込む。私とブリュンヒルデが小型戦闘機に乗り、“敵”を排除する。
「待ってくださいよぉ!」
「お花を買いに行くのですかぁ!?」
追ってくるクローン兵たちには目もくれず、私たちは日が昇り始めた空へと飛び出す。アレイシア城はもちろんのこと、アレイシアシティからも無数の火の手が上がっている。ただ、戦闘自体はもう少ないようだ。暴走したFクローンたちが“花”を探して歩き回っているのが僅かに見える。
暴走したFクローンとそうじゃないクローンの違いは分からないが、数だけでいえば前者の方が圧倒的に多い。
[フィルド、どこで落ち合う?]
「…………」
小型飛空艇を操縦するミズカから通信が入る。答えられなかった。すでにレーフェンスシティは陥落している。サフェルトシティも同じだという。この調子だと、他の都市もどうなっているか分からない。
[……ひとまず、グリードシティにしよう]
私に代わって、ブリュンヒルデが答えた。
[そこからヴァルハラ帝国の状況を調べ、どこかの都市に落ち付こう]
「……分かった」
他に案もない私は、ブリュンヒルデの案に賛成した。グリードシティなら隠れ家になりそうな場所は山ほどある。壊れているとはいえ、放棄された設備も多い。
そのとき、私たちの周りにデルタ型の小型戦闘機が10機ほど現れる。いずれの戦闘機も私たちを守るようにして並走を始める。
[フィルド、こりゃどーなってんだ!?]
「ヒルドか! 私たちにも分からない。突然、多くのクローンが暴走を始めて……」
[ヒルド中将、後方から数十機の戦闘機が飛んできます!]
[なんだと?]
後方から砲撃の音が上がる。私のすぐ横を弾が飛んでいく。数機の戦闘機が撃ち落とされる。通信機に一瞬だけ悲鳴が入る。今死んだクローンたちのものだろう。
[お花を咲かせるのです!]
[女神さまはお花が好きなのです!]
[てめぇらぁッ!]
ヒルドの怒鳴り声が響く。どうやら後ろから追ってきている戦闘機は、仲間じゃないらしい。かつて仲間だったクローン。今は敵となったクローンだ。
私たちは戦闘機の向きを後ろに向ける。敵は全部で6機。白地に赤いラインの入った戦闘機。ヴァルハラ帝国の戦闘機。私たちの乗る機体と同じカラーリングのものだ。
[女神さまはお花をもっと、もっと見たいとおっしゃっています]
[ヒルド中将のお花も見たいです]
[赤色のお花を手向けてください!]
[そんなに花が見てぇならよ、てめぇの胸にナイフ刺せって伝えとけぇッ!]
ヒルドの乗る戦闘機から無数の弾が飛んでいく。敵化したクローンたちは軽々と避ける。もし、あれが空戦士デルタぐらいならもう何機も撃ち落とせていただろう。暴走しても、戦闘技術は衰えていない。むしろ、クローンによっては向上している。ヒナギクやシクラメンがいい例だ。……恐らく、無理やり動かされているのだろう。身体にかかる負担は尋常じゃないだろう。
[お花を咲かせて上げます!]
[“一緒にお花になりましょう!”]
[…………!?]
1機の戦闘機が急に速度を上げる。猛烈な勢いで空気を裂きながら、私のすぐ近くを飛んでいた味方の戦闘機に突っ込む。両機とも木っ端みじんになり、都市へと消えていく。
[一緒に死にましょう!]
[いやあぁぁあぁあ!!]
[共に女神さまの元へ!]
[ヒルド中将たすけ――]
残っていた5機の戦闘機は次々と味方の戦闘機に突っ込み、自らの命と引き換えに“花を咲かせていく”。敵はいなくなった。だが、残っているのは、私やブリュンヒルデ、ヒルドを含めて5機しかいない。
[ヒルド中将、残りは私たちだけで……]
[クソッ!]
[このまま逃げ延びて、必ず援軍を連れて戻りましょう……。死んだ仲間た、ちの、…ぁッ、ぐッ!]
[ぁあ、頭が、ヒル、――]
急に苦痛に染まった声が上がる。私の背筋が凍る。この声を私は知っている。この後、彼女がどうなるか知っている。ヒナギクたちが“そう”だった。
[ど、どうしたお前ら? サキア中将、大丈夫か?]
[ヒ、ヒルドっ、――うふふふ]
1機の小型戦闘機がヒルドの乗る小型戦闘機の方を向く。私はヒルドに向かって叫んだ。だが、私の声はヒルドを乗せた小型飛空艇の爆散する音にかき消される。
私のすぐ前に、ヒルドを殺した機体とは別の機体が向かってくる。しまった、攻撃を――いや、間に合わないッ! さっきまで味方だったサキア中将が、笑いながら私の機体に向かってきている。
だが、その機体が私の命を奪うことはなかった。サキア中将の小型戦闘機は突然動きを変え、ヒルドを殺した機体に叩き付けられる。互いにぶつかり合った2機の戦闘機はバランスを崩し、煙の上がる高層ビルの上層に突っ込む。一筋の炎が上がる。
「……ブリュンヒルデ!」
[…………]
私のすぐ右隣りを並走するブリュンヒルデが無言で私に手をかざしていた。彼女は下唇を噛み締め、肩を震わせていた。
ブリュンヒルデが重力魔法でサキア中将の小型戦闘機を無理やり移動させたのだろう。彼女は長らくずっとヴァルハラ帝国中将を担ってきたクローンを殺した。……私を助けるために。
「ブリュンヒルデ、ありがとう。助けてくれなかったら、私は死んでいた」
[…………]
愛する仲間だったクローンを殺した心優しき皇帝は、無言で何度も頷く。お前がしたことで、私は救われた。これは偽りのないことだ。
やがて私たちは、アレイシアシティから山岳地帯へと入っていく。もう、誰も追ってはこなかった。崩壊した帝国首都アレイシアを背に、私たちは廃都へと向かって飛ぶ――。




