第10話 人工の魔女
こちらはサフェルト警備軍です――。
ただいま、サフェルトシティ全域で、
厳戒態勢が敷かれております。
この3ヶ月、罪のないFクローンが、
何者かによって殺害される事件が相次いでいます。
本日殺害されたキャタックさんは、
元少将の任にあり、先の大戦では大変活躍された方です。
また、同じ元少将のケイさんも行方不明となっており、
安否が心配されています。
これまでに殺害されたFクローンは79名、
行方不明となっているFクローンは27名。
事態を重く見たブリュンヒルデ皇帝陛下は、
フィルド筆頭将軍、パトラー将軍、ホノカ将軍の派遣を決定しました。
事件の一刻も早い解決が望まれます――。
青白い月が、冷たい風の吹き付ける廃工場の一角に吹き込んでくる。今、ここで命が終わりを迎えようとしていた。
「ねぇ、今どんな気分かしら?」
白銀の髪の毛をした赤い目の女性が、クロス状の磔に捉われた女――Fクローンに問う。その手足には釘を打ち込まれ、血が滴り落ちている。クローンは小刻みに震え、涙を頬に伝わせている。もう、俺には見慣れた光景だった。
「“人工の魔女”が上位種って、ずいぶん出世したわね。以前は消耗品でしかなかったのに」
白銀の紙をした女性は、そっと薄汚れたナイフをクローンの首に押し当てる。その途端、彼女は布で塞がれた口から悲鳴を上げる。太ももから半透明の液体が流れていく。
「おもらしは大体みんなするから恥ずかしがることはないわ」
「んんっ! んんんっ!!」
「フフフ、どれだけ叫んでも、もう誰も来ないわ。この辺りにいるのは、みんな私の仲間ばかりだもの。あなたの命は今日でおしまい。拷問されて、血を絞り出されて死んだ子に比べれば、あなたはまだ幸せな方よ。その幸福を噛み締めながら逝きなさい」
そう言うと、白銀の髪の毛をした女性はナイフを一気に滑らせる。首を深々と切られ、真っ赤な鮮血が大量にほとばしる。
彼女はある意味で幸せなのかも知れない。
ある女は、裸にされて散々弄ばれた後に、毒を飲まされて死んだ。
ある女は、両腕を切り落とされ、血を失うまで放置されて死んだ。
ある女は、腹を切り裂かれて、内容物を引きずり出されて死んだ。
そう考えれば、今の女はまだ幸せだろう。
「……スペード、この子を捨て、次の者をここへ」
「はっ……! ――イプシロン閣下」
俺は黒衣の上に装備した白いアーマー、いや黄ばんだアーマーを今また真っ赤に染めた女性――イプシロン閣下に頭を下げ、後ろにいた男たちに手で合図する。
イプシロン閣下と同じく、黒衣に汚れたアーマーを身に纏う男たちは、死んだ女を磔から乱暴に引きはがし、引きずりながらどこかへと連れていく。
「いやっ、やだぁっ! 助けて、助けてぇっ!」
「おい騒ぐな!」
「死にたくないっ! 助けてください!」
両脇を抱えられて連れてこられた次の女は、白地に赤色のラインが入った装甲服を纏った女だった。あれはヴァルハラ帝国の軍人だろう。まぁ、俺たちは一般人も、役人も、軍人も関係なく殺してきた。特別な感じはしない。
彼女は必死で抵抗し、力の限り暴れている。だが、魔法を使うことはない。彼女の首に着けられた首輪が魔法を封じているからだ。
男たちは彼女のハンドグローブを取り、ブーツと靴下を無理やり脱がせる。そして、やたら長い釘とトンカチを取り出す。
「いたっ、痛いっ、やめてぇっ!」
「暴れるな!」
「痛いよぉっ!!」
さっき、一般人のクローンが殺された磔に、彼女も同じように手足に釘を打ち込まれ始めている。暴れる女を、数人がかりで押さえつけている。
俺たちは『クローン・ハンター』。巷では『過激派レジスタンス』と呼ばれているらしい。ブリュンヒルデのクローン優位政策に反発し、状況の改善を訴えてテロにも似た活動を行っているとされている。
確かに人を集める際には、そういったことも言ってきた。だが、俺たちの活動にそんな崇高な理念はない。俺たちの活動の目的は――。
「ごめんなさい……、もうっ、許して、許してくださいっ……」
「フフフ、それは無理な要求ね。だって、私たちの目的は――」
俺は惨劇の場から背を向け、市街地に向かって歩き出す。もう、彼女で最後だ。次のクローンを連れてくる必要がある。それに、そろそろ“ハウンティング”の時間だ――。
機械より生まれし魔女を狩りたてよ――。
人工の魔女は、自然の理を外れし存在。
歪なる存在は、駆逐されねばならない。
魔女を狩りたてるその想いに、
私の教義から外れようとも許そう。
歪みは正されねばならない。
ヴァルハラは魔女の巣窟。
魔女はルミエールを蝕む。
シリオードより参りし劇毒よ、
世界を浄める一滴の聖薬となれ。
人工の魔女は、
私の愛を永遠に受けられない。
人間よ、
魔女の虐げを試練とせよ。
虐げの試練を誉れとし、乗り越えてみせよ――。
人工の魔女に憐れみを感ずる彼女を、
私は涙する。
最高の力を有しそなたを操り、
利用せしヴァルキュリアに、
最も苦しき運命が待ち受ける。
運命は定められているのだ――。




