第9話 Fクローンと人間
※前半はパトラー視点
※後半はフィルド視点
【帝国首都アレイシアシティ アレイシア城 月詠の間】
『クラスタ暗殺作戦』は失敗に終わり、私とフィルドさんはアレイシアシティに戻ってきた。フィルドさんは、ブリュンヒルデに作戦失敗を伝えに行った。私はブリュンヒルデのいる星見の間には入れないから、この部屋で待機している。
「パトラーさん、お疲れ様です」
私が青色の椅子に腰かけていると、ヴァルハラ帝国の女性軍人――コミットが声をかけてくる。彼女はフィルドさんと同じく赤茶色の髪の毛をした女性だ。……ヴァルハラ帝国のブリュンヒルデやボルカ、クリスター政府のシリカやフィンブルも同じだ。
「この帝国にも慣れてきましたか?」
「思った以上に『Fクローン優位政策』が行き渡っているなと思った。これもブリュンヒルデ皇帝の意向かな」
「はい。ブリュンヒルデ皇帝はFクローンをあらゆる面で優遇する政策を進めています。明確な階級社会の構築が進んでいます」
私は窓から夜のアレイシアシティに目を向ける。高層ビルが立ち並び、深夜の街からは青白い光が放たれている。この街はFクローン――つまり、フィルドさんのクローンしか入れない。フィルドさんの弟子である私は、例外的に入ることを認められている。
「私たちFクローンは人間とは異なり、魔法を使えたり、強い生命力を持っています。また、人間よりも素早く動けます。高い能力を持つクローンでしたら、空を飛ぶことだって可能です」
「“人間よりもずっと優秀な力を持っているFクローンは、あらゆる面で優遇されなければならない”、だよね?」
「ブリュンヒルデ皇帝はそのように考えています。だから、帝国関係者も今やFクローンが大半を占めています」
ヴァルハラ帝国――。中央大陸の南西を支配するこの帝国は、Fクローン至上主義の国家だ。人間を最下位種に位置づけ、中間種を『サキュバス』、上位種をFクローンとしている。
かつて、人間によって、戦うためだけに作られた戦闘用クローン。それがFクローンだった。人間に使われ、消費されるだけの存在……。
「以前、人間とクローンが対等に手を取り合っていた時期もあったのに……」
私は机の上に散乱した資料を整理しながら、呟くように言う。資料は世界各国の状況を表したものだ。
「残念ながら、ブリュンヒルデ皇帝が皇帝になって以来、その関係は崩れました。私も……いえ、なんでもないです。私は……」
「…………」
私はとある紙を一番上にし、資料をファイルに挟む。
人間とフィルド・クローンが対等だった社会。かつて、人間がFクローンを消耗品として使っていた時代に、お互いを対等関係とした国家があった。世界の大半を統治し、自由と平和を再生させた国の名前は――。
「クラスタ、私たちどこで間違えちゃったんだろう……」
◆◇◆
【アレイシア城 星見の間】
私は椅子に座ったまま、ブリュンヒルデに一連の報告を終える。ブリュンヒルデも椅子に座ったまま、私の話を聞いていた。
「――フィルド、私たちクローンと人間が対等だった時代を知っているか?」
「ああ、もちろん。3年前までそうだったな。……それを壊したのはブリュンヒルデという私のクローンだそうだ」
私は軽く皮肉を込めて言う。対等関係を壊した張本人は笑みを浮かべる。
「ふふっ、そう……。3年前のあの日、自由と平和を再生させ、世界の覇権を握っていた国家は、突如として消滅した」
……3年前――EF2016年12月、世界の覇者、圧倒的一強、白い夢の集大成と謳われたその国の崩壊は、あまりに当然だった。
その国の政府代表がシリオード大陸を攻撃中、ブリュンヒルデはクーデターを起こした。そして、その国を強奪し、あっという間に解散させてしまった。
だが、強奪した直後、その国は分裂した。その片割れこそがこのヴァルハラ帝国だった。いや、残りものというべきかな? かつての国の8割は別の国を形成した。
「当然、その国の政府代表は怒り狂い、単独で破壊者――私の元へと乗り込んできた。私は……」
「いや、いい。お前の左腕が義手なのはもう知っている」
椅子から立ち上がり、左腕の袖を捲し上げようとしているブリュンヒルデに私は言った。彼女は苦笑いをしながら、再び椅子に座る。
ブリュンヒルデはその国の政府代表と直接戦い、左腕を失った。だが、相手側も重傷を負っていたらしく、双方引き分けという形になったらしい。その戦いにより、当時の首都中枢であったポートシティの議事堂は損傷が激しく、ブリュンヒルデの思惑も重なり、首都はこのアレイシアシティに移転となった。
「フィルド、戦ってみての感想はどうだった? 私の左腕をもいだあの女と戦ったのだろう? 強かったか?」
「逃げられたからな。しっかりと戦ったワケじゃない。強いかどうかはお前が一番よく知っているんじゃないのか?」
「そうだな、愚問だったな……」
そう言いながら、ブリュンヒルデは机の上に設置された大型コンピューターを操作する。彼女の後ろに電磁スクリーンが現れ、写真が映し出される。2人の若い女性――Fクローンが殺されている。辺りには彼女たちの持ち物と思しきバックや小物が散乱している。背景は……どこかの街だ。
「これは……?」
「次のミッションだ。最近、“サフェルトシティ”でFクローンを狙った惨殺事件が横行している。犯人は『過激派レジスタンス』と呼ばれる連中だ」
「ほう、レジスタンスか……」
「私の進めるフィルド・クローン優位政策が気に入らない“下等種族――人間”の犯行らしい。ただ厄介なのは、そのリーダーが特殊能力者だということだ。そのリーダーに煽動された下等種族が事件を起こしている」
「そうか……」
ブリュンヒルデの『次のミッション』を受け取った私は、椅子から立ち上がる。過激派レジスタンスのリーダーを始末しろ――。それが次のミッションだろう。
「ところで――」
「…………?」
星見の間から出る直前、私は呟くように言葉を発する。これもある種の皮肉だった。
「“クローンと人間に対等な関係をもたらした国――クリスター政府”が世界を統治していた時代、こういう事件は起きたのか?」
「……“クリスター政府の政府代表だった女――クラスタ”に解決方法を請うた方が帝国のためになるかな、ふふっ……」
【登場人物】
◆ブリュンヒルデ
◇クローン女性
◇ヴァルハラ帝国皇帝
◇フィルドのクローン
◇概要
・元々は「クリスター政府」所属で、クラスタ執行部では政府代表代行を務めていた。
・クラスタがシリオード大陸に遠征中、コミットらと共にクーデターを起こす。
・クーデター成功後、クリスター政府を解体・再編し、「ヴァルハラ帝国」を設立する。
◆コミット
◇クローン女性
◇ヴァルハラ帝国行政長官
◇フィルドのクローン
◇概要
・元々はクリスター政府の将軍。
・クーデター後はヴァルハラ帝国行政長官として帝国の統治を行っている。
・実は透明になれる魔法を使える。
【世界の流れ】
◆クリスター政府崩壊事件
◇発生日時:EF2016年12月
◇主な関係者
・クラスタ(クリスター政府代表)
・ブリュンヒルデ(クリスター政府代表代行)
◇概要
・政府代表クラスタがシリオードに遠征中、政府代表代行のブリュンヒルデが起こした事件。
・ブリュンヒルデは、イノベーション・クローンを率いてクリスター政府を乗っ取り、一方的に解体・再編し、「ヴァルハラ帝国」へと組み替える。
・遠征中のクラスタ、シリカらは反発し、シリオード大陸で「クリスター政府」を継続する。




