やすらぎ 1
2016/11/7〜12/5掲載の拍手御礼話です。
「おかえりなさいませ。」
扉の前に人がいたことに驚く。
その顔を見ると同時にあたたかいものが胸に広がっていく。
「あぁ、戻った。」
今日一日感じていた落ち着かなさが霧散しする。
遅めの出勤をした今日はその分いつにも増して仕事の速度を早めなければならないのだが、どうにも身が入らなかった。
書類を一枚読むごとに『あいつはどうしているだろうか』と頭に浮かぶ。
結局、仕事は持ち帰ることにして普段からは考えられないほど早く帰ってきてしまった。
バッグを渡しコートを脱ごうとすると、背後に回られ慣れた手つきで脱がされる。
肩に触れた手が熱いような気がして、また落ち着かない気分になった。
出迎えも荷物を預けることもよくあることなのに、こいつがすると妙に心がざわめく。
いつもは何も感じないのに。
少し落ち着こうと風呂に入る。
スッキリした香りに落ち着きを取り戻す。
この感情はやはり恋というものだろうか・・・・。
先ほど、脱衣所に準備をしてあったバスローブを思い出す。
すぐに入ることのできた風呂も。
本邸にいるときはそれが当たり前だった。
“誰かが自分のためにしてくれている”
そんなことは当たり前で、本邸にいるときは入れ替わり立ち替わり何人も使用人が来るのを煩わしく思っていた。
1人で暮らし始めて多少の不便は感じたが、それでも本邸で暮らすよりも開放感を選んだ。
自分以外誰もいない家は静かで、クラシックを聴きながらゆっくりくつろぐことができた。
・・・・・・・・そういえば俺はなぜ執事を雇おうと思った?
華穂とあいつを見て、執事というのがいたらいいかもしれないと思ったのは確かだ。
だが、そもそも俺は1人でいることを選んで出てきたはずなのに、なぜそんなことを思うようになった?
やはりこれは・・・・・・・・。
いや、まだ初日が始まったばかりだ。
時間はまだある。
しっかり見極めることを誓い、風呂から出た。
夕食はとても美味かった。
昨晩食べた高級フレンチなんかよりはるかに美味い。
ほんのり甘辛く煮られたじゃがいもが口の中でほくほくと崩れる。
優しい穏やかな味がする。
まろやかな酒の味とよく合う。
キッチンで何か作業をしているあいつを見る。
桜井の所で食べた時のことを思い出して物足りなく感じる。
あの時は華穂もあいつも笑いながら食事をしていた。
華穂がオムライスについて力説し、あいつが楽しそうに相槌を打つ。
・・・・・・・・もし、同じテーブルに着かせることができたなら、あの時のように楽しく話をしてくれるだろうか。
それができないことを惜しく思った。




