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「失礼。そろそろ私の発言をしてもよろしいですか?」
「ああ。ヒルド殿。なぜあなたがここにいるのだ?」
いとこのヒルはセクシーな声の持ち主。小さい時から手紙の交換を何度もしている。いつも父さまのようにかわいい贈り物をくれた。
一度だけ、10歳の時にシス国に行って会った。シス国は女性の王族が少ない。男子の王子やいとこたちがたくさんいるのに。だから女の私を姫さまと可愛がってくれた。
父さまから私がシス国の姫ということは、無闇に言うことを禁止されている。
母さまのことを知る人たちもいるけれど。母さまはこの国には一年もいなかったし、すぐに私を産んで亡くなってしまったから、母さまのことを覚えている人は、貴族図鑑を勉強した人だけ。
ユクの公爵令嬢というだけでも誘拐などの危険が多いから、シス国の王女ということは秘密にしておいた方がいいと。
ヒルは陛下に向き直るなり、言った。
「ユク王。ずいぶん私の叔父とかわいい従妹姫にひどいことをなされましたね……。祖父セス王が孫姫の婚約破棄及び罪人としての追放のことを最近知り、戦争になる前にこうして私が使者としてきた」
「えっ? 誰が王女?」
ギルバードとメグがハモった。
「そ、それは! ユク王家はユリア嬢、ユリア王女に対してなにもしていない! 追放はレディス公爵家が勝手にしたことだ!」
「ヒルド殿下。わたくしはレディス公爵家の長男のクリス=レディスと申します。まさか私がシス国と親戚関係にあるとは思ってもいませんでしたが」
クリスがここまでバカだったとは。
「ユク国も浅はかな若者ばかりとは……」
「クリス! 言葉をつつしめ」
呆れるヒルとは対照的に、父さまはさっきまでニヤニヤヒルのことを見ていたけれど、クリスの発言を聞いて切れた。
自分の家系くらい普通は知っているでしょう。でも、クリスとシス国に血縁関係はないのでは?
「あらあら。ヒルドさま。どうぞお怒りを収めてください。ユリアもユク国にはたくさんの大切な者たちがいますので、戦争なんて物騒なことを望んでおりませんよ。ねえ、ユリア?」
女院にいる院長先生は質素なドレスを着ていて、彼女が王太后だと思わなかった。
でも紺色の絹でできたドレスを着て、ダイヤのネックレスをつけた姿は、若い頃はさぞかし美しい人だと思う。
今も綺麗に年をとっている。ギルバードも中身が残念だけれど、見た目は絶品だ。
それになによりリュークも大人の男性で美しい。よくみれば王太后さまに面影が似ているけれど、色素は先王に似たのだろう。
リュークとギルバードが似ていない。どこかでほっとする自分がいる。
「は、はい。王太后さま」
一年前に救ってもらった院長先生には頭が上がらない。なにより私は戦争なんて望んでいない。
私には新しい家族がたくさんこの国に住んでいる。
「……わかった。武装攻撃はしないが、ユリアが受けた痛みの報復を願う。さもなければ、ユリア同様、イレ街港をシス国に戻す!」
「そ、それは!!」
王さまをはじめ会場にいる大人たちが騒ぎだした。
「!! わ、わかった。さっきも言った通りに、世継ぎは第一王子アンドレアにし、婚約者をユリア王女にする!」
「父上! なにをたわけたことを言うのですか! たかがイレ街港など! 兄上は側室の子。後ろだてになるものがいません! それこそ国が崩壊することになります!」
ギルバードが叫んだ。
「私はユリアの望んでいない結婚を認めない。ましてやユリアをコケにしたユク王族など」
ヒルが言った後に父さまも頷いている。
「はあ……わたくしの孫がここまでバカだと思わなかったわ……」
院長先生! 確かにギルバードはバカだけど、公の場で。
私が驚いている間に、リュークがヒルに言った。
「兄上、世継ぎをアンドレアにするのでしたら、私は彼の後押しをしましょう。しかし、アンドレアとユリアとの結婚は諦めてください」
「リューク叔父上さま。この国の王妃はユリア殿以外にふさわしい方はいません。
幼少の頃から王妃教育を受けて、このように素晴らしい方がここでいままでの努力を失うのは、国民がお許しにならないでしょう。
ユリア殿、まだ私たちは出会ったばかりでお互いのことを知りませんが、結婚を前提に一緒にこの国を守っていってくださらないでしょうか?」
アンドレアさまがさっきリュークがしたように私の元へ近づいてプロポーズをした。
私のいままでの王妃教育を認めてくれて、誰よりも私が一番王妃にふさわしいと言ってくれるアンドレアさまに少し心がざわめく。
「アンドレア! ユリアはお前などにやらない! もしおまえがユリアを伴侶に望むなら、この俺はおまえの後見人にならないぞ!」
リュークがアンドレアを睨みつけた。