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つぎつぎに過去のエピソードが頭の中に流れる。私は彼らにとって悪役の存在だった。
「ユリア! 大丈夫か!?」
「リューク?」
ずっと会いたかった彼が目の前にいて、いままで張りつめていた緊張感が溶かされていく。
「ポリアンナ殿下。これは一体どういうことですか!?」
リュークが私の顔色に気づいて、そっと腰に腕を添える。
「きゃー」
あっちこっちから女性の雄叫びが聞こえる。
「なっ、なっ、なにをなさっているのですか! リュークさま! あなたは、ここでわたくしの心配をなさるはずなのよ!」
「なにを言っている。私が愛するユリアを心配してどこがいけないのだ!?」
「っ!!!??? なっ、なっ、なに言っているの! あなたはユリアさまのことを嫌っているじゃないですか!?」
「お前はなにをふざけたことを言っているのだ! これ以上、ふざけたことを言うとネイ国がどうなるかわかっているのか!!」
隣のリュークからひしひしと怒気を感じる。
「なっ、なによ。それはこっちの台詞よ。わたくしの国の助けがないとシス国に負けるくせに」
「てめー」「リューク、やめて」
いまにもポリアンナさまに手を上げようとしたリュークを止める。私たちの様子を上座から見ていたアンドレアさまが近くにきた。
「どうしたのですか?」
アンドレアが私たちに尋ねる。
「アンドレアさま~。全部、全部ユリアさまがいけないのに。リュークさまが毒牙にやられて全然イベントの通りしてくれないの。ひっく」
ポリアンナさまがアンドレアさまの胸に飛び込む。
「そうよ。ぜ~んぶ、この女が悪いの。アンドレアさまもリュークさまも、早く目を覚ますといいわよ!!」
ポリアンナさまと同じデザインの黄色いドレスを着たメグが隣にいた。
「メグ。無闇に王族に声をかけてはいけない。大体、今夜はおとなしくしているからという約束で、舞踏会をのぞきにきただけじゃないか」
ギルバードがメグの腕をつかんだ。
ギルバードは王妃さまに似て女性顔だ。やさしい印象を与えるから、老若男女に人気があった。だれも彼が俺様で腹黒いわがままとは気づかないだろう。
メグに出会う前は、いやいやながらも夜会やお茶会にエスコートしてくれた。メグと出会ってからは理由もなしに何度もドタキャンされた。
式場でメグをエスコートしていたのを何度も見かけた。
メグが「まあ。お一人できたの? なんて寂しいモテない女なのかしら。あはは」と言った。
王太子の婚約者だから、他の男性にエスコートを頼むことなどできない。クリスは絶対にエスコートをしないし、父さまは不在が多かったから頼めなかった。
メグの嫌味を普通は無視するけれど、「これギルからもらったの」と彼女が王妃の徴の指輪を見せられた時に怒りで彼女の頬を叩いた。
メグが持っていたワインがこぼれて彼女のドレスにかかる。
ギルバードはメグの言った言い訳。
「ギルがあたしの方が好きって言ったと伝えたら、ユリアさまが……。ひっく」
ギルバードに「嫉妬にかられて他人を傷つけるユリアは王妃にふさわしくない」と大勢の人の前で言われた。
私が王妃という地位に執着するばかりに、他人をけなして生きていると言われた。
「ギル。なにを言っているの? あなたのお兄さまとおじさまよ。だから話かけても全然平気よ。
それより、牛チチさん。大勢の前で王子さまに抱きつくなんて、この女より最低ね」
(お前だけにはいわれたくない!)
メグは自分の状況をわかっていないのか……。どこが無邪気なキャラ?
製作者もここまでヒロインがバカだったと、現実じゃないから知らないのだろうか。
「なっ、なっ、なに! もうあなたは第一段で終了したんだから、ちょろちょろ出てこないでよ! あなたの行動でますますストーリーから反れるのよ!」
「もう、なに言っているのか、わか~んない。アンドレアさまもリュークさまも、この頭の弱い女をほっといてあたしとダンスを踊りましょう」
ギルバードはふてくされて、アンドレアさまとリュークを睨んでいる。アンドレアさまは顔を引きつらせながら二人から離れようとしている。リュークは私をかばうようにしている。
「もうなんなの!」
メグとポリアンナさまは同じドレスを着ているのにほとんど正反対で、二人で罵倒しあっている光景は笑いが出そうだった。
最初は私たちの様子をおとなしく見ていた周りも二人の喧嘩に飽きたのか、それぞれの舞踏会を楽しんでいる。
「シス国王太子ヒルド=シス。入場」
ダンスの曲が終わった時に、ヒルの入場のアナウンスが響く。
「うそ!!」
ポリアンナさまの顔から血の気が下がっていく。
「我がいとこ、ユリア=レディスがいるこのユク国と今後もお互いによい関係を保ちたい」
ヒルが挨拶をした後に、真っ青な顔のポリアンナさまが目の前にきた。
リュークが私を遠ざけたけれど、それを拒み彼女と対決する。
「なにをしたの!? このどろぼう猫!」
(どろぼう猫?)
ポリアンナさまはゲームと現実をまだ理解していないかもしれない。でもこの世界で10年以上生きてきたのに、どうしてゲームと現実が異なると気づかないのか。
「ポリアンナさま。ここは現実世界です。ゲームで決められた未来は、人が生きている限り変化するものなのです。どうぞ多くの男性と遊ぶのでなく、本当に好きな方と幸せになってください」
そうポリアンナさまに言っても、将来、原作修正があるのではとまだ不安に思っている自分もいる。
でも、さっきから一度も離れることがないリュークの手のぬくもりが私に勇気をくれる。
「ばっ、バカにしているわ! なっ、なに! あなた悪役令嬢小説の『ざまぁ』するつもり!? リセットボタンはどこ!? どこなの!?
女子高校生のあなたになんか、負けてられないわ! なにが『ざまぁ』よ! いい気にならないでよね!!」
綺麗なポリアンナさまが、髪の毛を乱しながら罵倒する姿は見ていて辛くなった。
私はポリアンナさんが好きだ。同じヒロインでもメグよりやさしくて堂々としていて何倍も魅力的な女性。多くの男性と火遊びをして身を滅ぼして欲しくない。
「ユリア、庭を散歩しないか?」
「うん。そうだね」
ポリアンナさまの護衛たちが彼女を連れて式場から出ていった。