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私の姿を見た途端、式場は静まりかえる。でもすぐにいままで通り騒がしくなる。
私の周りにも、目ざとく(まあザックにエスコートされてたら目立つけれど……)私を見つけたたぬきさんときつねさんがわんさか寄ってきた。将来のレディス女公爵は、富のフェロモンが強いみたい。
ザックも彼らを追い払おうとしたけれど、長年政治を渡り歩いてきたたぬきときつねには、かなわなかった。
王族入場の号令があったのに、私の周りに相変わらずたぬきさんときつねさんたちがいる。
アンドレアさまがポリアンナさまを同伴して入場した途端、がらっと周りが殺気立った。
将来の王太子さまの婚約者は、空白だ。未婚の娘を持っている貴族たちは、さっそく策略を頭で練っているのだろう。
未婚の娘がいない者も、どこから引っ張ってきたの? と思う子を連れてくるのだろう……。
王さまが今年の成人をむかえた者たちへ激励の言葉を述べた後に、ネイ国第一王女ポリアンナさまの留学を紹介した。
王さまの挨拶が終わり、ダンスが開始された。王族のいる場所には王妃の姿がなく、代わりに側室さま、アンドレアの母上さまがいた。
院長先生もリュークも出席していないみたい。
ザックに伝えたように、リュークにも伝えることがあるのに……。
控え室にいる私の侍女が、私の気持ちをこめたテディーベアーを持って待機している。
(リューク。お願い。ここに来て。私の騎士さま。)
今夜じゃないといけない気がする。原作という運命に翻弄される前に彼に伝えなければ。
じゃないと、私は一生後悔する。
きつねさんとたぬきさんが王族とポリアンナさまへの挨拶でいなくなり、私はすかさず壁の花たちに紛れ込む。ザックには飲み物を頼んで、私はザックからも逃げる。だって、ザックは目立つ。何人かのお姉さまたちがザックを見ていた。
うん、絶対ピラニア肉食系お姉さまの中に、ザックの女王さまがいるだろう。
ポリアンナさまはホルターネックの真紅色のドレスを着ている。
前の谷間と横からチラリと見える豊乳が会場のたぬきさんきつねさんジジ軍団を釘付けにしている。
「ユリアさま! 一体どういうことですの!」
ドレスと同じ顔色でポリアンナさまが目の前に迫ってきた。
「お初にお目にかかります。わたくしは」「挨拶なんてどうでもいいのよ!」
ぽかんとしたままポリアンナさまを見る。
「どうしてクリスさまやトーマスさまがここにいないの!? あ、あなた、わたくしに出会って、二人を舞踏会に来させないようにしたのね!!
なんて浅知恵が働く人だったのね! 同じ日本人だったからと思って親切にしてあげたのに! あなたはやっぱり性格ブスの悪役令嬢なのね!!」
『パッチーン』
音楽がやんでいた。さっきまでの賑やかな騒音の代わりに、辺りはシーンと静まり返っていて、ポリアンナさまの叫び声が響いた。
私は頬の痛みとガンガン迫る頭痛で辺りがぼやける。
「クリスは……」
茶色の髪と私と同じ緑の目の弟。ずっと本当の弟だと思っていた。
はじめて会った時に、確かに不快感を覚えて彼と一緒にいることを拒んだ。クリスは天才で使用人たちからすぐに可愛がられた。
私はずっと努力して勉強していたのに、なんでもすぐにできるクリスに嫉妬していた。だから彼を避けた。
学園に入学して、魔力の高いクリスを羨ましいと思っていた。
メグがクリスに「クリスさまはすごいですね。あたしにも攻撃魔法を教えてください」と頼んだと、他の生徒から聞いた時にメグに注意をした。
「ふん。あたしが魔力が大きいから羨ましいんでしょう」
と言われたから、「魔力を先生の許可なく使用することは禁止されています。あなたのことを先生に報告したら、あなたは退学になるわよ」と教えた。
もちろんここでクリスのイベントが始まり、メグが彼に嘘を伝えた。
私がメグの魔力を嫉妬して、退学にするように先生に嘘の報告をすると。
クリスは幼い時からユリアが彼に嫉妬しているのに気づいていたから、同じようにメグにも嫉妬したと思ったのだろうか。
もう本当のクリスの気持ちを知ることはないだろう。私は、ユリアは、クリスに歩み寄ることをしなかった。今後もする予定はない。
「トーマスさまは……」
宰相の長男としていつもギルバードの隣にいた。黒髪に黒目の彼が一番日本人に似ている。
いつもユリアがギルバードに話しかける度に邪魔をしたりしていた。
トーマスと委員会の書類整理をしていた時に、メグが来ては「トーマスさまの勉強の教え方が一番わかりやすいの。お願い。宿題を手伝って」と言った。
かねてのトーマスは無表情だ。でもこの時はでれっとなる。眼鏡をしてインテリイケメンの彼が、微笑む顔は怖いものがあった。
トーマスがいない時に、ユリアは仕事の邪魔になるとメグを注意した。トーマスイベントが発生して、彼が私たちの近くにくる時に、メグがはらりと廊下に倒れた。
「ユリアさまが! ユリアさまが、トーマスさまに近づくなって」
自分で倒れたのに、私が暴力をふるったことになった。
トーマスは私のすべて、存在を嫌っていた。今後彼は私のことをこれまで以上に憎悪するだろう。