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成人になると平民に触れる機会がなくなるということで、国は優秀な者を集めて貴族のための学校を創設した。14歳から成人の18歳までの4年間。身分の隔てなく教育を受ける。
私たち貴族にとっては義務の入学であり、平民は魔力や体力、その他能力に秀でた者なら無償で入学が認められていた。
将来、卒業者たちは国の役人になれる。女子は貴族の殿方に見初められるのではという気持ちで入学してくる。
そんな浅はかな考えを持って入学してきた孤児院出身、天使のような少女メグ(←これ王子とゆかいな仲間が呼んでた)が私の婚約者ギルバードさまを筆頭 に、第二王子のとりまき(義弟クリスも含む。将来の側近候補たち)の輪に入って、ウハウハキャピキャピ逆ハーレムを結成した。
はっきり言って、彼女って美人じゃない。美しさで言ったら私の方が何十倍も上だ。私の母さまは隣国シスの王女。国の至宝と呼ばれた姫。でも母さまはユク国の公爵家の父さまに一目惚れして、わがまま言って結婚した。そして私を出産したときに亡くなった。
私が五歳の時、同じ年のクリスを弟だと紹介され、新しいお母さまとなる女性と出会った時のショックは今だに忘れられない。
父さま曰く。母さまと結婚する前に交際していたけれど、義母は男爵家で身分が違い、国が結婚を許可しなかった。許可が降りるように周りに働きかけていた 時に、母さまと出会い。身分差の恋愛に疲れていた父さまを母さまは応援した。その母さまにだんだんと惹かれて、両想いになって結婚した。
で、義母さまは?
シス国から手紙で義母に別れの手紙を送ったらしい。って、なんで同じ義弟がそこでできるのよ! と父さまを殴りたくなった。
一度愛した女に最後に一度だけ抱いてと言われてころっときた……だって! 結婚後、愛人……もどきで、体の関係なしで養っていて。母さまがなくなって、私に母親が必要と思って彼女と再婚。
はっきり言って、あの義母いりません。金使い荒いし、使用人に何様(公爵夫人だけど)でこき使っているし。ケバくていっつも若い男に色目を使うし。父さまも義母といたくなくて外交であまり家にいないのかもしれない……。
だって、父さまが家にいる時は私にべっとり……。
(きっと父様、私のこと探しているんだろうなあ……)
と、この一年何度も思ったけれど、クリスは跡取りだから、私とクリスの間にはさまれたら父さまが可哀想だと思って居場所を教えなかった。それにいつクリスや義母に居場所がバレてなにをされるか分からない。
学校のサロンでいきなりはじまった弾圧。公開処刑。陰険すぎる。私の取り巻きのみなさまも呆気にとられたよねえ。彼女たちのほとんどが、ギルバード様の側近でメグの逆ハーレム要員に成り下がった、ゆかいな取り巻き(←モブメンバーズ)の婚約者たちだ。
彼女たちは最後まで私をかばってくれたのに……。
あの女、何が天使だ、悪魔の間違いじゃない! 茶色い目に茶色の髪。全然珍しくない容姿なのに男ども彼女のどこがいいのだ? 体型だって幼児体型じゃないか? やっぱり小動物のように守ってあげたいと言う庇護欲が沸くのか? それともあんたたちロリコンなん?
メグが泣きながら私に嫌味を言われたの(婚約者がいる殿方々とイチャイチャするのを注意したよ。だって私は女の中で公爵令嬢で身分が一番上だか ら)、廊下を歩いていたら押されて転んで汚したとか(メグが取り巻きモブたち侍らして女王様のごとく廊下を占領していたから『どいて』って言ったら、睨みつけてきたから無理やり通ろうとしてぶつかっただけなのに。勝手に転んだのそっちでしょ!)などなど……。
それからギルバードさまと愉快な側近たちに、傷害罪で裁くと言われるなどなど。
聞いていてバカらしくなったからおとなしく退散しようとしたら、騎士団長の伯爵家長男のザックに肩を捕まれて土下座させられそうになって。ハイヒールの私はバランス崩して頭をテーブルの角で打った。
3日後、自宅で目が覚めた時に。メグの逆ハーレム要員のクリスが「出かける支度をしろ。姉上は殿下に破談されて傷害罪で処刑される前に僕が逃してあげる」って。
逃すと捨てるの言葉を絶対履き違えてる! 娼婦街で隣がスラムの路地に置き去りにされた。
怪我で起きたばかりで頭が痛いし、本当にこれからどうしようと泣きたくなった。父さまのいない間に屋敷に戻ったら、あの母息子になにされるか分からないし。
私の取り巻きのところに行くことも考えたけれど、王子と王子の取り巻きの権力で友人たちに迷惑かけたくなかった。
罵声を浴びて馬車から押されて地面に転げ落ちた。頭が痛くなって地面にうずくまった。
どれくらい王子とあの女のことを頭の中で恨み殺しただろう。
貴族として、将来の王妃として、厳しく教育された。いままでの自分を全部拒否された……。ぽっと出の庶民のメグが王妃になるこの国はもうお終いだ。
もう私はこんな泥舟の国に義理を返す必要なんかない。自由に生きよう……。そう思わないと死にそうだった。
しばらくして、「おい、大丈夫か?」とやさしい声に気遣われた。
私を起こしてくれた人は、イケメンだけど柄の悪い、ワイルドな男だった。
お嬢さまで育ったけれど、庶民のいる学園に三年間いれば、あんなことこんなことのウフウフピンク本や裏側世界情報なんて入ってくる。
最初は王子の婚約者として怖がられていたけれど、実は普通の女生徒と一部の女の子たちと仲良くなってたから。
世の中をピンク色の眼鏡で見ていない女生徒とは、身分関係なしに仲良くして学園生活が楽しかったのに。
ワイルドチンピライケメンがしぶとく話かけてきた。無視してたけれど、お腹の虫がでっかく叫んで、ワイルドイケメン、大爆笑して近くの食堂でおごってくれた。
こいつに娼婦として売られるのかな? と思いながら、逃げ出す気力も頭の痛みで考えることもやめてワイルドイケメンについて行った。
ワイルドイケメンの名前は、リューク。
とりあえず古着屋に入って、服を買ってくれた。
いやいや、ここでリュークの借りを増やしてはいけないと、変に公爵令嬢プライドが出た。だから、着ていた服を換金してすごく安い服を買った。チクチクして肌触りが悪い。
食事代をリュークに返した。
彼は私を意外そうに見ていた。
「これからどうするんだ?」
彼は私の名前以外なにも聞かなかったのに、今後の心配をした。
「とりあえず部屋付きの仕事を探してみる」
人間、極地に立たされると案外冷静になれるみたいだ。
「お前、いいな。貴族のお嬢様が、スラム街で罵倒されて捨てられたのに……。俺の女にならないか?」
リュークはクリスが私を捨てたところから見ていたらしい。
「はっ? 結局、体目当て?」
涙が出てきた。本当は頭が痛くて捨てられて不安で、怖くて、クリスやギルバードやあいつらを殺したい気持ちが体を占領してて。
そんな時にやさしくしてくれたリュークに救われたと思ったのに……。
「違う! そんなんじゃねえ! ついてこい!」
逆ギレしたリュークの後を追った。彼を怖いと思う気持ちがなかった。
歳は20歳くらいかな? 前を歩く彼は、しなやかだった。
「ここ。ここで保護してもらえ。じゃあな」
「ちょっと!!」
リュークの後を追うことができなかった。令嬢と育った私が彼に追いつくはずなんてない……。