スパーキン!
僕は彼女に泥団子を投げつけた。いや、けして投げたのではない。手の上で転がしていた団子が飛んでいっただけなのだ。たまたま放物線上に彼女が居ただけなのだ。
そういうことになっている。
先生が真偽を問うと、彼女は何も言わずに一つ首を振るだけだったのだ。僕はそれを見て嫌気が差した。張り合いのないやつだと。だから蹴飛ばしたのだ。
勿論、先生は僕を怒った。大声で怒鳴ってきた。僕はそれを真正面から受け止める。悪さした後の醍醐味である。これぞ人生を楽しんでる証だ。
一方、彼女はと言うと、泣きもせず、怒りもしない。面白味がない。張り合いがない。ただ、僕を睨み付けて去って行った。とても納得できない。不愉快だ。僕に蹴られて泣きもしないやつが見せたのは怯えた者の目であった。
彼女の過去に何があったのだろう。彼女の現在に何があるのだろうか。これは好奇心だ。張り合いのない彼女に興味が湧いた。是が非でも突き止めなければ気がすまない。先生の視線が去るものに移ったとき、僕は後ろの窓から逃げ出した。大人とは悲しい生き物だ。体が重すぎるせいか、僕のような子供にも置いてかれるのだから。父さんは背負うものが増えるのだと言っていたが、それはただの言い訳にしか思えない。
彼女はすぐに見つかった。こちらを見ようともしなかったので背中を蹴ってやった。おかげで砂埃にまみれている。とても滑稽だ。指を指して笑う僕を彼女は冷たい目で見てきた。だが、そこに戦う意欲は見受けられない。僕はすぐに笑うのをやめた。
「君はどうしてやり返さない」彼女の返事はない。
「悔しくないのか」またも返事はない。
「痛いのにどうして泣かない」彼女は走り去ってしまった。どうやら近付く方法を変えねばならぬようだ。
利口な僕は早くも答えに辿り着いてしまった。花である。花を見せると女の子は喜ぶだろう。きっと彼女も違わぬはずだ。
さっそく花を摘むことにした。しかし、辺りにはなかった。だから、花壇からとることにした。すると年上の子がやってきた。どうやら怒ってるらしい。なぜだか、僕には理解できない。花壇は彼のものではない。花は彼のものではない。土も花も絶えることなく存在し、ただ存在するだけ。彼の所有物では断じてない。僕は力を貸してもらいにきたのだ。邪魔しないで頂きたい。抗議する彼を蹴飛ばして彼女を探した。
彼女を探すのに苦労は不要なようだ。何も捉えてない視線を花で遮ってみる。さすがの彼女も驚いてくれたようだ。僕に用件を尋ねてきたので、お近づきの標しに花をやろうと返した。それを彼女は拒んだ。盗んだものを渡されても困ると言う。腹立たしいので彼女の尻を蹴り上げてから、僕はその場を立ち去った。花は花だとしか僕は思えない。
さて、しかし、これは大失敗だ。大間違いだ。彼女は僕をますます嫌いになっただろう。今回は素直に謝ろうと思う。
彼女はとくに怒っているようではなかった。安堵にため息が混じる。兎にも角にも先程の非礼を詫びるのが先であろうから頭を下げてみた。何も述べぬ彼女は何も見ていない。ああ、このままでは何も進まない。後退の方がまだマシである。
「君は何故怒らないのだろう」思いきって尋ねてみた。
彼女の返答は「さん」であった。さっぱり訳がわからない。僕のことを呼んだだけであろうか。いや、賛美の言葉かもしれぬ。世には生きている確証を痛みに求める者が居ると言う。彼女にも辛い事情があることなのだろう。だが、そんな人は気持ちが悪いのでお近づきになりたくない。放っておこう。
そんな結論に至り、僕の探検は終わりを告げた。ただし、僕の一日が終わるのはもう少し後のことになる。女の子への態度がなっとらん。人のものを盗むとはけしからん。その他僕の悪行が多々語られた。そして、先生の話が終わり、父の拳が頭上に落とされた。先生から呼び出されたらしい。
それは一発ではあるが、その一発は痛かった。次第に目の前が歪み、意図せず大声が出た。とても痛い。
大人は彼女に謝るように要求してきた。いえいえ、僕はそれどころではない。謝れる心境でもなければ体も言うことを聞かなかった。勝手にこの場から離れた彼女とは違うのだ。先生の制止も聞かずに立ち去るご身分とは羨ましい。一方の僕はそうでなくともまともに動けぬのだ。
父は声を荒げて、再び僕に命じた。殴られる恐怖から逃げたくて彼女の姿を歪む景色から探す僕は、またと言うかやはりと言うかすぐに彼女を見つけることが出来たのである。
彼女は「うるさい」と言いながら僕に泥団子をぶつけた。
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