お嬢様は乙女ゲームの悪役令嬢なんですよ!
ザマァ系ではありません。あしからず。
ある晴れた昼下がり。新しい侍女の挨拶がてらお茶会をしている時。
人払いを済ませた後、侍女はこう言い放つ。
「お嬢様は乙女ゲームの悪役令嬢なんですよ!」
お嬢様である縦ロールの金髪少女は呆れたようにため息をついた。
「え、それもう何番煎じよ。もう白湯じゃない?」
「いやいやいや、驚きましょうよ、ねえ! え、まさかそんな私が……とか!」
「え、まさかそんな私が」
「はい棒読み。棒読みきましたよ。何ですやる気ない」
パシーンといい音を立てて侍女がテーブルを叩いた。突っ込みのようだ。
「いやいや、最初からやる気ないし。大体今日顔合わせで何ぶっちゃけちゃってるのよあなた」
「こういう話は色々フラグ立つ前に話さないとダメじゃないですか!」
「気持ちはわかるよ、わかるけどさー」
「はい。ではもっかいいきますよ〜。お嬢様は悪役令嬢なんです!」
「ええ!? 一体あなた何を言い出すの!?」
ノリのいいお嬢様は真っ青な顔になって叫んだ。侍女はことさら真剣な顔をして言葉を重ねる。
「このままでは婚約者のアルブレヒト侯爵子息をどこの馬の骨とも知れないアバズレ女に盗られて勘当されてしまいますよ」
「別に構わないかな」
「構いましょう! 構いましょう全力で!」
「いや、あいつ嫌みだし。好みじゃないっていうか。ねえ」
再び侍女はテーブルに突っ込みを入れるが、お嬢様は可愛く首を傾げるだけだ。
「ねえ、じゃありませんよ! 勘当は!? お貴族暮らしなくなるの嫌でしょ!?」
「いや、私魔法あるからさ。多分平民でも魔法兵で食べていけるかなぁって。魔法兵なら寮で三食つくし掃除も任せれたはずだし。で、職場結婚?」
お嬢様は人差し指を口に当て、自分の想像を話す。それも悪くないわねとお嬢様は頷くが侍女は両手で頭を抱えた。
「うわぁぁぁ! なんて夢のない! 頑張りましょうよ玉の輿!」
「いや、社交やるよか魔法兵の方が夢があるじゃない。あ、貴族の令嬢でも戦線に立てるようにちゃんと訓練してるからね。侍女ぐらいなら守れるから安心してね」
「お嬢様! 嬉しいですけど、嬉しいですけど何か違う!」
「あー、お茶が美味しい。おかわり頂戴」
「話を聞いてー!」
*****
シルヴィアというのが私の名前である。ご想像通り転生者でもある。
伯爵家の四人兄弟の二番目。姉、私、弟、妹という順番なので政略結婚できれば御の字といった位置だ。家督は弟が継ぐ予定。姉はすでに政略結婚済。もうすぐ十五になる私は半年後から貴族の学園に通うことになっている。
学園に連れて行く同学年の侍女が必要だったため、今日顔合わせしたわけだ。
そうすると、出会ってすぐに乙女ゲームの話をぶっちゃけられたわけである。
悪役令嬢って。その令嬢だって悪役したいわけでもあるまいし。
*****
私はノックをしてから、ドアの隙間に顔を挟み込み部屋の中を覗いた。
「こんばんは、素敵なお父様。ちょっとお時間よろしくて?」
クスリと笑った部屋の主は、持っていた書類を机の上に置きちょいちょいと手招きをしてくれる。
「なんだい、かわいい我が娘。おねだりをするなら企画書か報告書を持っておいで」
「普通に喋りたいだけですよーだ。忙しいならいいんだけど」
そうは言いながら私は部屋に入り、応接セットのソファに勢いよく腰掛ける。
父は手元にあったライトを持って、私の反対側のソファに座るとライトを机の上に置いた。
もちろん知識チートを生かして父の仕事の手伝いもした。
とはいえ、社会にあわないものは却下されたり修正されたりするものだ。
隠れて事業をするのではなく、領主として有能な父に企画書という形で持ち込み、許可が出れば報告書という形でまた持ち込む。
高価なプレゼントが欲しいときは事業の成功報酬としてもらうのが親子のルールになっていた。
「ちょっとしたジョークじゃないか。最近甘えてくれないから、パパ寂しいんだよ?」
「可愛い可愛い弟妹たちで癒されてくださいな」
「お姉ちゃんだって可愛いんだから拗ねないの」
「拗ねてません。もう。とりあえず質問してもいい?」
「もちろん」
お父様の専属執事が部屋に入ってきてお茶の用意をしてくれる。もう寝る前だからリラックスできるお茶だろうな。お父様もちらりとそちらを確認して、うんうんと頷いた。
「侍女や平民が上位貴族に見初められて玉の輿に乗る話が巷で流行っているらしくてさ。今日新しく入った侍女に、お嬢様も女を磨かないとどこかの女に婚約者様を盗られちゃいますよって言われたのよ」
「昔からあるねぇ、その手の小説は」
「でも、それだったら何のための婚約者よって話じゃない?」
「ああ、聞きたいのは婚約制度の意義か」
「うん。親同士が意見すり合わせてお膳立てしてあるわけじゃない。それを反古するのは簡単じゃないわよね?」
婚約破棄なんて、現代では慰謝料が発生するものだ。小説のように声高に叫んで申し付けるものではない。
「ああ、しーちゃん誤解してるね。この国の婚約制度の意義は婚約そのものじゃないよ?」
「え? 違うの?」
「そもそも昔は社交界で結婚相手を見つけるのが主流だったんだよ。でもね、それだと口がうまいやつしかモテないだろ?」
「まぁ、貴族で口下手は困るしね」
「貴族と一口に言ってもみんな口がうまけりゃいいってもんでもない。でも若い時分にそういうのを分かれというのも酷だし、昔から見合いはあったらしいんだがなぁ」
執事がことりとお茶を置いてくれる。それからしずしずと部屋から出て行った。続き部屋の方で用事しているんだろう。
「婚約者を決めておくのはそういう人の救済策なの?」
「そういう面もあるんだけどね。一番は結婚を意識させるため」
「意識?」
「結婚適齢期ってね。男にとっては仕事が楽しくなる時期でもあるんだよ。女より仕事になったら結婚が遅れるし、もう結婚しなくてもいいやってなる。婚約者がいれば惰性でも結婚出来るし条件はいいから大きなもめ事にはなりにくい」
「じゃあ婚約者と結婚しなくていいの?」
「他に結婚相手を連れて来れるならね。結婚で家のつながりを強くしたいって希望もあるけど婚約者だからって親が結婚を無理強いすると、夫婦仲が冷え切って揉めることも多いから。婚約破棄になった場合は元婚約者に結婚相手を探すことまでがワンセット。まぁ大体は親がそれをするんだけど。」
おっと、これはかなり驚きだ。貴族なのにとりあえず婚約しとこって、なんて緩い国なんだ。
「ええ、じゃあ平民連れてきて結婚しますもありなの?」
「それはその家やその子によるだろう? 男爵家の三男坊なら相手が平民でも構わないだろうけど、王太子殿下が男爵令嬢じゃぁちょっとキツい。初恋にのぼせているだけならもちろん反対するし、マナーがなっていない相手なら許せないだろうね」
「あ。なるほど。婚約者と新しい恋人を比べて、メリットが大きいならば婚約解消するわけね。じゃあ家格に合わせてよね。玉の輿は無理ってことじゃない」
「そのあたりはその子に寄るよ。例えばすごく有能な娘でマナーさえ仕込めば王妃として勤まりそうなら、男爵令嬢でも側妃として召し上げる可能性もある。元々の出が足枷になっても努力や才能で補える人はいるところにはいるんだ。茨の道だけど」
小説ならば男爵令嬢が正妃になりそうだけど、そこは側妃なのね。
いくら有能だといっても、持っている経験が違うものね。数年の詰め込み教育ではそのあたりは追いつけないから側妃扱いかー。
「生易しいものではないのね〜」
「階級社会は窮屈だけど、今の生活を守るものでもあるからね。階級を越えるのはどうしたって困難がつきまとうよ。それは上からでも下からでも変わらないって僕は思うよ」
「じゃあ、私とアルブレヒト侯爵子息と婚約破棄になったからって勘当はない?」
「しーちゃんを勘当なんて何があろうと絶対ないね」
お父様がぶんぶんと首を振る。でしょうね、親バカだもんね。
「勘当までする条件って何だろう」
「それも小説?」
「うん」
お父様は慌てたりせず、うーんと考える。
「婚約破棄で勘当騒ぎになったことがないわけじゃないよ。僕が知っているのだと、令嬢に恋人が出来たけど男側が納得しなくて圧力をかけたんだ。学園時代で周りにも迷惑かけて、それが親にもばれて退学、勘当かな。勘当までしなくても婚約のゴタゴタで財政状態が厳しい家に嫁がせたり、修道院や戦争に行かせたりはあるね」
「はー。恋が拗れると怖いのねぇ」
「失恋を受け入れたならフォローは出来るんだけど、相手に攻撃しちゃうとどうしても罰が必要になるからね」
「うーん。私も嫉妬に狂ってなんてありえないし、ヴェルもありえないか。あいつも私が嫌いらしいし」
一瞬のうちにお父様の目の温度が下がる。
さすがお父様。さっきまでの勘当話の時は一切動揺しなかったのに。
「……え? 誰から聞いたの?」
「本人。貴様のような器量では嫁の貰い手はいないぞって」
「……ほぅ」
「はい、親バカしなくていいから」
「しーちゃんはこんなに可愛いのに、照れ隠しでそんな暴言を吐くか……」
「いや、あれは照れ隠しではないと思うんだけどな」
「なお悪い」
お父様は今から侯爵家に行って首でも絞めそうな雰囲気だ。
あ、違うな。お父様ならばヴェルと向かい合って数時間淡々とお説教のコースだな。
「まーまー。ヴェルは恋人ってよりお互い悪友って感じなのよ。幼なじみとしてなら別に悪いやつじゃないし」
「しーちゃん。春から学校だけど。婚約者なんて気にせず恋人作っていいからね。しーちゃんのお眼鏡に叶うやつじゃなければ嫁に出す気ないから」
「はいはい」
親バカなお父様の言葉を聞き流しながら、私はお茶を飲んだ。
*****
翌朝。
「という話になりましたよ?」
「えええ!? 勘当フラグなしですか?」
「ないってさ〜」
「じゃ、じゃあアルブレヒト侯爵子息の溺愛フラグですね! 憎まれ口を叩きながらも実は気になるあいつ、そして障害(=ヒロイン)で燃え上がる恋心!」
「ないと思うけど」
「ゴチャゴチャ言いながらも頼りがいかあるアルブレヒト侯爵子息に惚れるお嬢様!」
「……」
「影で虐められていたお嬢様を見つけ、助けるアルブレヒト侯爵子息! そして二人は両想いになっていたことに気付くのです!」
「……」
「勿論ヒロインは今までの悪事が露見して王都にいられなくなり……って何しているんですかお嬢様!」
「ん? 話終わった?」
「何で本読んでいるんですか! しかも参考書だし!」
「んー、話長いからいいかなぁって」
「人の話を聞いてください〜!」
「そちらこそ〜」
*****
そしてそのお昼。
「お久しぶりです、ヴェル」
「久しいな、シルヴィ。少しは令嬢らしい淑やかさを身につけたか?」
金髪王子様が我が家にいらっしゃいました。
良かったですね、お父様が出かけていて。お説教は回避できましたよ。
「あなたこそ、腹黒さが増していらっしゃいませんか?」
「減らず口が本当に減らないな」
「あなたこそ、お腹どころか体中が真っ黒になっているんじゃありません? ほら、金の髪が黒くなってきてますよ」
「なるか。春から学園に行き社交場に出るのだ。素直なだけの令息など何の役にもたたんな」
「ならばお淑やかなだけのお人形も必要ありませんね」
アルブレヒト侯爵子息、もといヴェルンハルトは言い合いをやめて従者から書類を受け取り私に突き出す。
「……今回の収支報告書だ。相変わらずよくやる」
「まぁ。私はアドバイスしただけです。形にしたのはあなたでしょ」
「アイディアだけは素晴らしいな」
「最高の誉め言葉ですね」
そんなことを言いながら書類を受け取り二人でソファに座る。ヴェルの従者はもちろん立ったままだ。
パラリと中を見る。アルブレヒト侯爵領は工業が盛んなのだ。今回は作業の分業化をしっかり系統立てたらしい。
税収が上がったとかではなく、就職率が上がったとある。
素晴らしい。税収なんて二の次だ。職がなければ治安が悪くなって金が回らなくなる。
「お前が家にいる想像をするだけでゾッとするが」
「お互い気が休まらないですからね。父に確認したところ、好いた相手を連れてきていいそうですよ。可愛いお嬢さん見つけてくださいましね」
「え、聞いてないぞ! うちの親はお前を嫁に迎える気だ!」
まあ、こんな収支報告書を見せてくれることから信用されていますものね。
でもねえ。
「でも無理でしょ? お互いの性格を鑑みて」
「だから淑やかさを身につけろと」
「別にお互い結婚したって事業に関しては仲良くすればいいじゃないですか。私と話していても妬かない奥さん見つけて」
「一気に難しい条件になったじゃないか! 元婚約者とお茶してる男を好きになる令嬢がいるか!」
「きっといますよ」
「他人事過ぎるだろう!」
侯爵子息のくせに怒りっぽいんだから。
私だって相手いませんよ。あなたと婚約しているんだから探してもいなかったですし。
やっぱり父の誰を連れてきてもいいよって、難しいんじゃないかしら?
コンコンコンとノックの音が響き、扉が開いた。
「ご歓談中失礼します。お茶をお持ちしました」
「メアリー、ありがとう。あ、紹介しますね。今度私付きの侍女になったメアリー・ハイドライドです。ハイドライド男爵の次女で私と共に学園に通うことになりました」
私は侍女の紹介をする。
ヴェルの従者は幼馴染なので私も知っているが、彼女は昨日来たばかり。
学園で顔を合わせることもあるから、しっかりと顔を通しておかないといけない。
「……」
「メアリー・ハイドライドでございます。至らぬ所もあるかと思いますが、精一杯努めますのでどうぞ宜しくお願いいたします」
「ああ……」
「ヴェル?」
「いや、こちらこそ宜しく頼む」
「それでは失礼いたします」
メアリーは必要以上に喋らず、パタンと扉を閉めて部屋から出て行った。
テーブルの上にはメアリーが淹れてくれたお茶とケーキがある。
が、ヴェルは扉の方を見たまま呆けている。
ちらりとヴェルの従者に目をやると、深く頷いている。そうか、同じ意見か。
「……シルヴィ。学園の準備は滞りないか?」
「ええ。特に問題は」
私はしれっとそう言いお茶を飲む。どうぞ召し上がれなんて言わない。だって、ヴェルはしばらくお茶なんて飲めそうにないから。
「お前の侍女なのだから、彼女にもそれなりのものを用意しなくては」
「男爵家ですからね。あまり華美にしては妬みを買いますよ。何事もほどほどが宜しいかと」
「確かにそうかもしれんが……」
「ああ、メアリーといえば」
「なんだ」
「私がヴェルに対して女性らしく接していないことを気にしていました。ヴェルに婚約破棄を言い渡されないか、凄く心配してくれていて」
「優しい侍女を持ったな」
「あなたと安っぽい恋愛ごっこをするつもりはありませんけど、彼女の気苦労が絶えないのも可哀想ですし。もし機会があれば相談に乗ってあげてもらえません?」
私はパスを投げる。と、ヴェルは急におろおろとしだした。
「……それは同性の方がいいのではないのか?」
「下手に周りに不仲を悟られると、いらない縁談が山のように沸いてきますよ。このことに関してメアリーに相談させてもいいのは、あなたかエヴィです」
ちなみにエヴィはそこにいる従者君です。
「あなたになら私のことで連絡や相談も不自然ではありませんしね」
「まぁ、気が向いたらな」
「宜しくお願いします」
減らず口を叩いていますが、ヴェル。あなた顔が赤くなっていますよ。
さてメアリーさん。どうやら乙女ゲーム的な展開にはなってきたようです。
ヒロイン役として頑張ってくださいましね。
読んでいただきありがとうございます。
シルヴィアの相手は特に考えておりませんでしたが、パターン的には王太子に見初められてーって感じになりそうですね。
基本受身なので、多分言い寄られたらその人で妥協しそうだ。