カウンター
数ヶ月前の夕暮れ時、スーパーからの帰り道。なぜか視界がボヤけていると感じたので、念のため近くの目医者に行くと、「これはいけない。眼圧が高いようだ」と言われた。
「奥さんの場合、右目はそうでもないが左目の眼圧が30近くもあるので危険です」
子供の結膜炎で行った時も冗談ばかり言って笑わせていた先生がこの日は真剣な表情でそう告げた。
私は不安に思って「どう危険なんでしょう?」と聞くと、「高眼圧のままで放置すると、緑内障になって視界が狭くなり、最悪の場合は失明するんです」と脅かされた。
「それは困るので何とかして欲しい」と言うと、「とりあえずは点眼薬で様子を見ましょう」ということになった。
ところが、これが簡単にはいかなかった。
ミケラン、チモプトール、ハイパジール、キサラタン等の代表的な眼圧降下薬が私の場合、殆ど効かなかった。
「困りましたね。まだ試したい新薬も一つありますが、これが効かないと手術ということになります」
そう言われつつ処方されたのは、承認されて日の浅いブノピタールという点眼薬だった。
製薬会社も聞きなれない所だし、今までのものも効果が無かったので期待していなかったが、この薬は効いた。処方された翌月、眼圧を測ってみると両眼とも16前後まで降下していたのだ。ただ、この薬には副作用があった。
人や動物を見ると一部がかすみ、そこになにやら文字らしきものが見えるのだ。
そのことを先生に言うと、「それは副作用ではなく蚊飛症の様なもので、眼圧とは直接関係がありません。加齢によるものでなければストレスが原因ですから、しばらく様子を見ましょう」ということになった。
しかし、その症状は改善するどころか、ますます鮮明になり、今でははっきりとその文字が見えるようになってきた。
『٣٧٥ ٤٨٢ ١٨٨ ٢٧٦』と、いう落書きのようなもので、全て3文字ずつ並び、猫等の小動物では4組。人間の場合は7組あることが分かった。
もしかするとブノピタールを使った人にそういう副作用の出ている人はいないのかと、インターネットで調べてみると、「カルマの数字が見えた!」というブログがあって、すでに話題になっていた。
実は日本では昨年承認されたばかりのこの薬だが、欧米では数年前から発売されており、それを利用している人の間ではブノピタール・トリップとして、けっこう有名な話のようだった。
紹介していたブログによると、ブノピタールを点眼すると本来見えない周波数の光(なぜかカメラでは捕らえられない)まで見えるようになるとかで、この謎の文字がインド数字なのだということまで書いてあった。
『٠ が0』『١が1』『 ٢が2』と読まれ、その加減の意味も論争されているらしく、これが増えれば増えるほど罪深いのだと主張する人もいた。
そう考えれば短命の小動物が一組、もしくは二組のものが多く、人間から見れば極悪のように思われている害虫も『٠ ١ ٧』等と一組というのも理解できる気がした。
別に彼らに罪があるわけではないからだ。そうすると、この数字は悪い人ほど高く、良い人は低いのだろうか?
しかし実際に観察してみると、そういうものでもないことが分かってきた。
実はテレビに映る若い殺人犯より近所の善良なお婆さんの方が高かったのだ。
カルマの数字を論じるサイトでは、この数字は炭素消費量を表すのではないか? というものがあったが、そうなのかもしれない。
というのも海外旅行好きの友人の場合、彼女の背後にある数字がかなり高かったからだ。航空燃料は一度の海外旅行でドラム缶で何杯分かいるそうだから、彼女はこれまでに相当消費してきたのだろう。さらに言えば、野菜等の一次産品を食べる方が肉よりも数字の上昇が小さい。輸入された食糧よりも国産の方が上がる数値が小さいということもわかった。
生産に手間がかかるものを消費すると、それだけ高くつくということなのだろうか?
ただ、私が何もしなくても数値はゆっくりと上がる。人間の生活で電気やガスを消費しないでおくことができようはずもない。いるものはいるのだし、数値が上がるのを恐れる必要はない。だから私はもう『カルマの数字』については気にせずに生活することにした。
そんな心境に達した私だが、それでも今朝のテレビ番組を見ていて、あの人のようにはなるまいと固く心に誓った。
それは高級車を連ねて料亭に入って行った大物政治家。
群がる記者に対し、一瞥をくれたその顔の上に出たカルマの数字が、明らかに他の人より組数が多く、しかも警告するかのように赤く点滅していたのだった。
( おしまい )




