第7話 学園運営者と公爵夫妻
オレは息を切らせながら、なんとかあの長い坂道を上りきることができた。毎日、あんな坂道を上るのかと思うと億劫である。
オレ達は新入生が待機する部屋まで和やかに会話しながら向かった。マリーの案内があったから、あっという間に新入生が待機する部屋は見つかった。
「リリア様、私は馬車の方で待機しております。では、失礼致します」
マリーと別れたあとにオレは新入生が最初に来るように言われていた部屋に入る。
その部屋は白で統一された学び舎に相応しく、太陽の光がたくさん入り明るい大ホールであった。オレが部屋につくなり、眼鏡をかけた教師が話しかけてきた。
教師の話を聞くとどうやら、オレは学園長から呼び出しを受けているようだ。学園長室に行けと指示を受けた。面倒くさいな。
「しかし、学園長室はどこにあるんだ? 学園長室」
と探す必要もないくらいに近い場所に学園長室はあった。そう、先程までいた部屋のすぐ目の前である。そして現在、学園長室前いる。
「失礼します」
「どうぞ。お入りください」
返事を確認した後に学園長室に入ると母と小太りのカイゼル髭を蓄えた男が話していた。そして、会話をしている二人の横にそれぞれ無言の男が一人ずつ静かに座っている。
あの小太りのカイゼル髭を蓄えた男をどこかで見たことがあるぞ。思い出した。あいつは宮廷魔術師バルバロッサ・ハイレッディンだ。
なんでアイツがここにいる!? あの野郎はジークと陰で繋がっていて宮廷魔術師たちを罠に嵌めて殺しまくった張本人だぞ。つまり、革命に加担した糞野郎だ。思い出すだけでムカついてきた。
「君がフロイデンベルク公爵の娘であるリリアーヌさんですね? はじめまして、私が当学園の学園長であるバルバロッサ・ハイレッディンです」
バルバロッサが学園長だと!? この裏切り者の元宮廷魔術師が学園長なのかよ。こいつが宮廷として無能なのは聞いていたが、こんな奴が学園長の学校など大したことがないような気がしてくるぞ。オレは学園長からの挨拶を会釈と微笑でかえして、母の袖を掴んで引っ張る。
「あら? リリアーヌ。遅かったわね」
「……」
四つん這いになった親父に乗ってきた母親に返す言葉が見つからずに沈黙をしてしまった。
「リリアちゃんもお父様に乗ればよかったのに。ねぇ、ヴェル?」
「親として、娘が乗ってくれるなんて、それ以上の幸せな事はないさ」
…頭が痛くなってきた。どこに、娘に乗られて喜ぶ変態がいるんだよ!? あ、ここにいたか。
それにしても、そんなことを誇らしげに言われてもね。ため息しか出ないよ。
「会話中に申し訳ないです。フロイデンベルク公爵夫妻。今回、リリアーヌ様は入学生の代表で挨拶を行うんですよ」
「それはすごいわね。所で代表はどのように決めているのですか?」
「さすが、リリアちゃんだ」
その連絡はこっちに越してきた時に受けたよ。面倒くさいんだよな。しかも、読む文章は学園が用意するときた。オレに書かせてもらえれば、生徒から怒号と感動で咽び泣くような名文章、もとい迷文章を読んで聞かせて上げたのに…
「それはもちろん、入学者試験で最も高得点の学生です!」
得意げにそんなことを言うなよ。バルバロッサ自身が別に高得点を取った訳でもないだろ?
「まぁ、うちの子が一番だったの?」
「もちろんです。フロイデンベルク公爵夫妻の娘さんは大変に優秀でしてた」
「そうだったの? 入学試験の成績が一番だったのね?」
母が嬉しそうにオレの方を向いて聞いていた。いや、あんた知っているでしょ。オレがここの入学試験なんて、受験していないことくらいさ。
「お母様、私は入学のための試験を受けておりません」
「どういうことなのでしょうか?」
オレの言葉を聞いた母親は純粋に疑問を帯びた声音でそうバルバロッサに尋ねる。
「えーと、うーん」
バルバロッサは母の質問を巧い言葉で誤魔化そうとしているようだが思いつかないようだ。嘘を言ったバルバロッサは言葉を詰まらせているようだ。すると…
「いえ、例外がありまして、入学者に高位の貴族がいるときはその方が代表になるのです」
「クエス第一教頭! しー、しー」
まるで、置物のように直立して待機していた第一教頭が単刀直入にそう言ってきた。それを聞いたバルバロッサは汗が滝のように出てきている。いい気味だ。
「それは酷いですわ。うちのリリアーヌならば、実力で一番になれます。それに貴族であろうとちゃんと学問を修めるべきよ。きちんと今後は評価してくださいね。次ぎも嘘を言ったらどうなるかわかってるでしょう?」
「ご、御尤もです。そ、そのようにして、させて頂きます」
母に言われて、平身低頭になるバルバロッサ。本当にいい気味だ。
「大変、失礼します。公爵、その件は理事長の許可がないと難しい案件です。学園長ごときでは決定できません」
オレが内心でバルバロッサをあざ笑っていると教頭がすかさずにバルバロッサの嘘を告発した。教頭もそうとうバルバロッサに嫌がらせでもされてるのだろうか。容赦がない。
「あら? 口の根も乾かないうちからそんなことを言うのね」
「クエス第一教頭! 君は何をいっておるのかね!?」
「あなたは私に嘘をついたのかしら? 立派なおヒゲがいらないようですね?」
母は懐から魔導具を取り出して、詠唱をする。するとバルバロッサの髭右半分が急に切り捨てられる。
「もっと、剃って上げましょうか?」
「いや、ソフィアやめてあげなよ」
そう言って、母の魔術を静止する親父。
「さ,さすが公爵」
その親父を見て、引きつりながらも笑うバルバロッサの醜悪なこと…。
「この人はこの無惨なヘアースタイルが気に入らないんだよ。髭共々奇麗にカットしてあげようよ」
親父はそう言って、不敵に笑う。すかさず母も、
「そうね。さすがヴェル。うちの娘を実力で評価せずに血統のみのバカと言いたそうにしてたものね」
と親父の真意に気が付いて微笑む。
前髪が根こそぎ無くなった学園長は落ちた髪を見ながら、
「ひ、ひぇ〜〜〜!!」
悲鳴をあげた。
「リリアちゃんなら実力でも一番だよ。でも、テストで一番の者がきちんと代表をやるべきだ。おかしいだろ? ここは学園だそんな差別をすることが教育方針なのか? うちの娘を血統バカにするつもりか?」
「い、いえ、滅相もございません。はい」
バルバロッサの奴は右半分の髭と前髪がなくなったことを手で確認して、落ち込んでやがる。滑稽だが、似合ってるぞ。余りの似合いようにオレは笑いを堪えるのに一苦労だ。
オレがそんなことを考えていると扉をノックする音がした。バルバロッサはこれ幸いと言わんばかりの表情で扉を素早くあげ家て、ノックした人を中にいれる。
「はじめまして、フロイデンベルク公爵殿下、及びフロイデンベルク公爵婦人。私はこの学園の第二教頭のバルク・アイデルンです。お話が盛り上がっている所で大変恐縮ですが、間もなく入学式が始まります。そろそろ来賓席にきて頂けないでしょうか?」
中年の黒髪をした真面目そうな男バルク・アイデルンが淡々とそう言ってきた。
「公爵! そろそろ来賓席に行って頂かないと入学式がはじめれません。さぁ、早く行ってください。お願いします」
泣きそうになりながらもバルバロッサは頭を下げる。いや、実際に泣いているか…。
「そうか? 入学式が遅延しては多くのひとが迷惑をしてしまうな。では、案内をよろしく頼む。ソフィア、行こう」
「では、クエス第一教頭、あとはリリアーヌさんにきちんと説明しておいてください」
学園長からの指示に第一教頭が、
「わかりました。学園長」
そう言って、学園長に頭を下げる。バルバロッサはその反応を見たあと、親父らと一緒に部屋から出て行こうとしたが、急に両親が二人とも息をピッタリと合わせて振り返ってきた。
「リリアーヌ、入学式代表の挨拶をすごく楽しみにしているわ! 頑張ってね!」
「リリアちゃん。はつの晴れ舞台、緊張しても飲み込まれないように!」
勘弁してくれ。親父と母よ、オレは学園生活を目立たずに過ごしたいんだ。オレは部屋からバカ夫婦が出て行くのを見送って、そう呟いたあとにため息をつくのであった。