第4話 前途多難な出航
実家である緑豊かな自然に囲まれたバンハウト・フォン・ヴェルトハイム・フロイデンベルク公爵のアーデルハイド城から暫く馬車を駆けること数時間。潮風が漂う貿易都市リシャーダン・ポートが町並み目に飛び込んできた。
「海よ。リリアーヌ。見えて? とても、美しいでしょう」
母であるソフィアがそう言って、指した先に青い水平線が見える。そう海だ。太陽が照らす水面はキラキラと反射してきれいだった。海を覗くと魚達が透き通るような海の中を泳いでいるのが確認できる。オレは久しぶりの海に感動して、ひとしきり美しい海を眺めていた。
海の美しさに呆然と眺めていたら、徐々にマストが見えてきた。どうやら、船場についたようだ。オレ達が船場に着くとガタイの良い男達が爽やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「お待ちしておりました。船長のガイルです。お目にかかれて光栄です。フロイデンベルク公爵婦人。こいつらがアーカイブ号の船員です。どうです? 立派でしょう!!」
見よ我が筋肉と言わんばかりに船員達がこれ見よがしに自らの肉体美を見せつけてくる。いや、船員よりも船を紹介しろよ。
「そうですね。薄汚れ…。コホン、大変逞しい肉体ですこと。それよりも、私たちが乗る船に案内してくれないかしら?」
「わかりました。あちらになります!!」
ムキムキマッスルメンの船長の案内のもとオレ達は船がある場所に向かった。そこにはオレ達が乗ってきた馬車の数100倍と言っても大げさではないような大規模な帆船があった。
「どうです? 我々、船員と同じで最高に立派でしょう!?」
暑苦しい筋肉が厚い胸板をさらに張って、そんなことを言う。確かに自慢するだけのことはある。なんという大きさだろうか。
だが、こちらの人数はそんなに多くないぞ。オレ、母ソフィア、それと数人の使用人だ。いくらなんでも、これは大き過ぎる船だろ。オレがそんなことを考えていたら、
「それよりも、馬車に揺られて疲れてしまいました。早く船室に案内してくださらないかしら?」
母が船長に部屋まで案内をするように頼んでいた。
「わかりました。こちらです」
船長に誘導されて、オレ達は船に乗り込む。そして、オレ達が暫く歩を進めていると、どこからともなく馬蹄の音が聞こえてきた。気のせいだろうか。徐々に馬の駆ける音が近づいてきているように感じる。オレがそんな疑問を持っていると、
「リリアちゃん!!」
どこからか、オレの名前を叫ぶ声。この声は親父!
「リリアちゃん!! 絶対に無事に帰ってきてね!!」
最後までオレの身を案じてヴァルデンブルク行きを反対していた親父が見送りに駆けつけてくれたようだ。
「お父様!!」
来てくれたのはすごい嬉しいぜ。親父。親父がオレに気付いて、馬上からこちらを見つめ返してきた。
「リリアちゃん!!」
オレが見つけれたのが嬉しかったのか、さらに馬を加速させる親父。おい、親父!! それ以上は危ない…
「あ〜、馬ごと落ちてしまいましたわね」
母が指摘した通り、親父は加速し過ぎて止まれずに海にダイブしてしまった。
「た、助けて〜」
水面を手でバシャバシャと叩いている親父。あれ、溺れてないか?
「あなた、いってきま〜す。船長さん、出向をお願いしますね?」
母はそんな親父が手を一生懸命ふっていると勘違いしていないだろうか。にこやかに母はそう言って手を親父にふる。今、それ言う時じゃないだろ。少しは親父の心配しろよ。
だが、無情にも船は進む。部下達が一生懸命に親父を助けようとしているのを横目に見ながら、なおも船は出向した。
甲板から身を乗り出して、溺れている親父に全力で手をふる母が、
「う、はしゃぎ過ぎちゃったかも」
と急に声を上げた。そうかと思うと母は、手で口元を押さえだす。ま、まさか…
「お母様!? 」
オレは慌てて駆け寄る。そして、母を見ると、顔が真っ青になっていた。嘘だろ、これは船酔い!?
「リリアーヌ、気持ち悪いわ…」
そう言って母がオレに抱きついえきた。
おい、嘘だろ。オレを掴むなよ。離せ、嘘でしょ。ここで、それですか!? そんなことをするのは勘弁してください。
オレは慌てて母親から離れようと試みるが、
「も、もうダメ。オエー」
母が根を上げる方が速かったようだ。まき散る汚物…
「お母様! やめてください。お洋服が!! ああ、これは今日この日の為に用意してもらっていたモノなのに…」
出だしから最悪だ。オレの船旅は前途多難に思えたのであった。