第2話 朝に目覚めるとそこには美少女がいた
チュン、チュン、チュン……。
鳥たちのさえずりが心地よい朝を告げる。オレは重い目蓋をひらくと、窓から暖かい日の光が入ってくる。ベットから出ようと思い、立ち上がろうとしたら急に昨日の航海の労力を思い出し、外に出る気分ではなくなってしまった。
そんな感じで微睡んでいたら、ふとオレは死んだ前世の妻のことを思い出し、気分が沈んでいく。
「…今日はもう休もうかな」
オレが物思いに耽っていると扉を叩く音が部屋に響いてきた。フロイデンベルク領からついてきたメイドのマリーだろう。彼女はオレの身の回りの世話をする仕事を昔からしている。
「リリアーヌ様、入りますよ? 今日も可愛い寝顔を見せてくださいね?」
そんな戯言を言って入ってきたのは予想した通りで、メイドのマリーだった。彼女は亜麻色の髪を後ろで一つに括って、黒と白を基調としたワンピース型のシンプルな服を着用している。
「あら? 起きてらっしゃいましたか? 残念です。今日もリリアーヌ様の可愛らしい寝顔を覗き見したかったのに…」
「……」
そう屈託ない笑顔で言われてしまっては叱るに叱れなくなってしまう。メイドの癖になにを主人に向かって言っておるのだと言ってやりたい気持ちが萎んでしまったよ。
「この前は余りにも可愛らしくてついキスをしてしまいましたよ」
「…え!? キ、キス?」
「顔を真っ赤にして、リリアーヌ様は可愛いです」
オレは前世の妻と娘にしかキスしたことがない。若い頃はプレイボーイに見えたかもしれないが、実はかなり奥手だったのだ。いや、筋肉的な意味でも王族にあるまじき漢だったのかもしれない。
いや、現実逃避している場合でない。今、マリーはとんでもない発言をしたぞ。彼女はオレの貴重なファーストキスを奪ったと言ったのだ。落ち着けオレ。マリーは年齢も若いせいか茶目っ気はあるが大変可愛らしい女の子だ。
ここは、漢ならば泣いて喜ぶとろだろう。ああ、本当に目頭に水分が集まっているような気がしてきた。
「冗談です。冗談。早く召し物のお着替え致しましょう。母上のソニア様がお待ちですよ?」
どうやら、オレは本当に涙を流していたようだ。マリーはオレの顔を見て、本当のことを言って、オレの涙を拭った。
「そ、それよりも、リリア様、こちらに座ってください」
オレを泣かせたことをごまかすためだろうか。彼女は早口でそう言った後にオレの衣服を着替えさせていく。
オレの今にも折れてしまいそうな細い腕に袖を通し終えた辺りで、彼女はオレに微笑みかけた。
「いつ見てもお奇麗です。リリア様」
これが奇麗だというのだろうか。こんな棒切れのような細い腕。やはり、前世のように筋トレをして、ムキムキマッスルメンになるべきだろうか。
「さてと、リリア様、こちらに座ってください」
オレはマリーに促されるままに化粧台の前にある腰掛けに座る。マリーがオレの長い髪を丁寧に整えていく。
前世では考えられないくらいに長い髪。透き通るような白い肌。
しかし、何度見ても、見慣れない。化粧棚についている鏡に映る美少女。
オレの近くにこんな可愛い子がいたら、毎日ドキドキして楽しい生活だっただろうな。
…それが自分でなければね。もう、ため息しかでないな。
どれもこれも、ジークの野郎がオレを裏切って殺しやがったせいだ。奴が悪い。オレが心の中でそう奴に文句をつけていると、
「リリア様、先ほどの冗談はすみませんでした。どうか、ご機嫌を直してください」
オレが無言でいることを仏頂面と勘違いしたようだ。申し訳なさそうにマリーがこちらを見てきた。
「私は別に機嫌が悪い訳ではありません」
オレの言葉を聞いたマリーはホッとしたような表情を見せた後、なにか言いたそうに口をモゴモゴと動かしている。
「言いたい事があるならば、言ってください」
「こんなことを言っては、怒られるかもしれませんから」
マリーがおずおずとそう言いながら、こちらの様子を伺ってくる。
「怒りませんよ。安心してください」
何を言っているのだろうか。普段から身の回りの世話をしてくれているマリーはオレにとっては姉みたいなモノだ。そうは言ってもオレの方が前世を含めると明らかに年上だけどな。
「リリア様が仰るのでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます」
「どうぞ、どうぞ」
オレはまりの言葉に何度も首を縦に振ってやった。
「リリア様の可愛い! むすっとした顔もかわいい!!」
突然、マリーは顔を上げたかと思うと大声で叫びだした。ちょっと、マリーさん、オレの話を聞いてましたか?
「 だから、むすっとなどしていませんから!」
「泣き顔も可愛かったですが、この顔も堪りません!!」
なんだ。そのわかっていますと言わんばかりの顔。マリーは全然わかっていないな。
「だから、怒ってなどいませんから!!」
「そうですね。リリア様はむすっとなんてしていませんものね。わかってます。わかってます」
おい、マリーさんよ。おまえの目が完全にオレの態度を面白がっていますよと訴えかけてきてるぞ。くそ、オレは本当にむすっとなどしていなんだからさ。
その後も、オレはマリーに何度も主張をしたが、オレの意見等どこ吹く風と言わんばかりにマリーは終始ご満悦の笑顔で対応するだけであった。