八十一話目 若手料理人ベニート
81.
「優人……」
トールさんは驚きの余り、そう言い返すのがやっとみたいだ。
え? どういうこと? なんて俺も驚いたけど、少し落ち着けばわかる。
まあ、そういうことだよね。
ユージンはトールさんの弟ってことだ。
ユイとルイ、そしてハミトさんは空気を呼んだのか何も話さない。
俺も何を言っていいか分からなかったし、何かを言うことが躊躇われた。
「こんなに早く兄貴に会えるとは思わなかったよ」
「そうだな。話したいことは沢山あるだろうけど、少しだけ待ってくれないかな? そちらの二人に武器をお見せしなければならない」
「わかったよ」
一先ず二人は話すのをやめるみたいだ。
だけど、気になっちゃって集中できないんですけど。
取り敢えず、武器はまた見に来るってことにして、二人で話し合って下さいと俺たちは武器屋を去った。
ユージンは後で話すと言っていたけど、立ち入ったことを聞いちゃっても大丈夫なんだろうか。
「これからどうするの?」
ユイが聞いてくる。そうだな、どうしよか。
ルイは迷宮に行きたいかもしれない。
ユイもルイも一応武器は持っている。まあ、練習用の粗末なものだけどね。
でも運が良ければ迷宮で武器を貰えるし、俺が居れば安全だと思うけど、トールさんに悪いかな。
「とりあえず石棺のあるところを案内するよ。俺が行ってるのは知神信仰の神殿で、神官長のミゲールさんという人がよくしてくれてるんだ」
「その人も女の人だったりするのかな?」
「いやいや、物凄い美形だけど男性だよ」
「へー格好いいんだ」
「いや、でもエルフだから年齢的にはお爺さんだから」
ミゲールさんには悪いけどユイが興味を持つのは嫌だ。
ああ、でもこういう感情って駄目だよな。
でも理性が感情に勝てない。困ったな。
「お姉ちゃん。アルム兄が困ってるからやめなよ。どうせそんな気ないくせにさ。だいたい姉ちゃんはミノ」
「ルイ君。まさか余計なことは言わないよね」
「さあどうだろうね」
なんかユイとルイがやってる。
俺はそれを見てなんだか和んだので、やっぱりミゲールさんに紹介することにした。
知神の神殿に行ってミゲールさんを紹介した後に石棺の場所も教えて、少し時間が経ったけどもう少し時間潰そうって話になって街をぶらついている。
宿屋通りには、その宿自慢の料理でお客さんを誘導する為に店の前に屋台を出したりしていると聞いたことがあったんだけど、俺の通る時間帯は屋台が出る前かしまった後なので見ることは無かった。
今日は珍しい時間帯に通ってるからだろう、屋台がいっぱい出ている。
「ちょっと覗いてみようか?」
屋台には多くの美味しい料理があった。
それを少しの量だけ食べて他の屋台に行く。
そんなことを繰り返しているとマリア師匠の店の屋台に来た。
残念ながらマリア師匠は屋台を取り仕切ってはいない。
店の中を取り仕切っているのだと思う。
屋台を取り仕切っているのは厨房の若手を取り纏めるベニートだ。
それなりに会話をしたこともある。
料理の腕は良いんだけど腕っぷしは全然ダメだから俺に憧れていると言われた。
俺もそんな腕っぷし? は強くないよと返したら、謙遜も過ぎると嫌味ですよと言われた。
年齢は同じくらいだと思うんだけど分からないからベニートさんと呼んだら勘弁して下さいと言われてベニートと呼んでいる。
そんな彼に挨拶すると俺の顔を見て嬉しそうにしたんだけど、なんとも表現し辛い表情になった。
俺に何か言いたいことがあるけど、ユイとルイという連れが居るから言えないみたいな感じ。
まあ、そんなに人の表情を読めるタイプじゃないから思い違いかもしれないけど、心配だから少し話してみよう。
「ベニート、なんかあった?」
「アルムさん、ちょっと困ったことがあって、でも」
そう言って、ユイたちの方を見る。
やはり二人には聞かせ辛い事の様だ。
俺は二人に少し彼と話があるからと伝え、裏手に向かう。
ベニートも他の若手に屋台を任せ俺に付いて来た。
「アルムさん、パメラという商売女をご存知ですか?」
「え? パメラさんという人は確かに知っているけど……」
ベニートのいうパメラと俺の知っているパメラさんが同一人物か為人を互いに確認する。
どうやらベニートの言うパメラは俺の知るパメラさんと同一人物の様だ。
どうやらパメラさんは俺に相談が有るとかで何度か店に来ようとしたらしい。
ベニートがパメラさんと知り合いで俺のことを聞かれたみたいだけど、しばらく留守だったから答えられなかったみたいだ。
「アルムさんを見かけたら話をしておくと約束したんです」
「どんな話ですか?」
「なにやら厄介事に巻き込まれているみたいなんです」
「厄介事?」
「ええ、詳しい話は分かりません。ですが、身の危険を感じているようなんで、一度話を聞いてやって貰えませんか」
「うん、分かった。でもどこに行けばいい?」
「ご案内します」
「分かった。それじゃあ……」
俺はユイとルイに事情を簡単に説明する。
二人には取りあえずマリア師匠の店に居て貰う事にした。
ベニートの先導で裏通りを歩く。
どう説明すれば適切なんだろう? 先に進めば進むほど、少しずつ治安が悪そうになっていく。
柄の悪い連中が増える。浮浪者が居る。物乞いの少年が居る。
だけど皆、俺の赤い髪と尖った耳に気付くと目を背ける。
触れてはならぬ者。俺の通り名は治安が悪い地域でこそ効果を発揮するみたいだ。
「ここです」
ベニートが示した家はしっかりとした家で、豪邸だった。
この場所、遠慮なくいえば貧民窟にある家にしては綺麗過ぎて場違いだ。
周囲は2メートルを超す高い壁に囲まれ、門には守衛が居る。
まあ守衛というには些か柄が悪いけどね。
そんな柄の悪いマッチョな守衛も俺を認識すると視線を合わせなくなった。
守衛としてどうなのと思いつつ、そんなに怖がらなくてもと悲しくなった。
でも、俺に怯えているんじゃなくて俺の背後に居るマリア師匠に怯えているんだから、それなら仕方がないと思った。
虎の威を借りてる感があるけど、実際そうだからね。
ベニートが守衛に何か話しかけている。
話が終わると大きな門扉が開き、中へと通される。
ベニートに案内されるまま、豪華な邸宅内を歩き、立派な扉の前に案内される。
ベニートが扉をノックすると、中から返事が聞こえた。
パメラさんの声だ。少し疲れているように感じる。
「あら、お兄さん。嬉しいねえ。会いに来てくれたんだね」
そんなパメラさんだったが、部屋に入った俺の顔を見ると花が咲いたかのように笑顔になった。
心配していたんだけど、思っていたよりかは元気なのかな?
ベニートはそんなパメラさんを見てホッとしている。
ということは、思ってたいた以上に深刻だったのかもしれない。
「そ、そいつは誰だい!?」
パメラさんが突如、悲鳴にも似た大きな声を上げた。
俺とベニート以外には誰もいないはずだけど? と後ろを振り返る。
そこには奇妙な仮面をつけた何者かが立っていた。
危険を感じた俺は瞬時に魔力防御壁でパメラさんとベニートをそれぞれ囲う。
「なかなか良い判断だな。さすが触れてはならぬ者だ」
その呼び方はやめてほしいと思いつつ、緊迫した雰囲気にそうは言えない。
何者だ? とベニートが言う。
答える訳がない。
しかし、こいつはいつから側に居たんだろう?
気配察知能力の高いノワールに気付かれずに側にいるなんて凄い芸当だ。
自分の指をチラッと見る。
「な!?」
思わず声を出してしまった。
俺の指にノワールの指輪は嵌っていたけれど、ノワールの口に小石が入れ込まれていた。
急いで、小石を外す。
ノワールは口をカタカタと鳴らし、動く事の確認をしている。
「その指輪は厄介だから、封じ込めさせて貰ったんだよ。それに気付かなかったところは情報通り、少し抜けているみたいだな、触れてはならぬ者」
いや、その触れてはならぬ者って呼ぶの辞めて貰えないですかね。
なんて思いはするものの言葉にはしない。
油断ならない相手であることは確か、そして狙いは何だ?
「しかし魔眼持ちとは本当に厄介な存在だ。そう思わないか、触れてはならぬ者」
「魔眼持ち?」
「そこの娼婦だよ。俺の隠密魔法をあっさりと見破りやがった」
魔眼持ちとはパメラさんのことであるようだ。
隠密魔法を見破る魔眼ということかな? よく分からない。
「よく分からないって顔だな。その娼婦は魔力の流れが見える魔眼持ちなんだよ。持って生まれたものなのだろう。だが、役には立ってないようだがな。むしろ、多くの者が見えないものが見えることで不運でもあったはずだ。魔眼持ちは不幸になる。かの有名な受難の魔女のようにな」
しかし、よく喋る奴だな。
まるで2時間サスペンスの犯人役の様に疑問点を説明してくれる。
悪い事ではない。むしろ助かる。
でもなんだろう? こいつの話を聞いていると、なぜか不安になる。
「ぺらぺらと俺が話すのが不思議か? 触れてはならぬ者」
おお、説明してくれるのか? というか何こいつエスパー?
「いや、俺は超能力者ではない」
いや、完全にエスパーじゃん。
いや待てよ。
なんで超能力者なんて言葉を知っている?
こっちの世界じゃ超能力は魔法で説明できる。
だから超能力者なんて言葉は使わないはずだ。
つまりこいつは
「そう、俺は超能力者ではないが、訪問者だ」
やっぱりエスパー!?