七十六話目 火竜の素材
76.
あ、そうか。
俺は災厄と呼ばれる怪物(たぶん火竜だと思う)を倒した直後、何かを忘れているような気がしてたんだけど、それが何か分かった。
因みに、国から派遣されているアダンさんや茶猫混血獣人のカール、そして蜥蜴人のンボマさんの事を忘れていたというベタな展開では無い。
いや、ある意味ではベタな展開ではあるけども、封印を解いた個人か集団の存在を忘れていた。
目的の真意は分からないから、次に何をしてくるか分からない。
でも、ドラゴンの炎のブレスの近くに居て、そもそも生きてるのかな? 二角馬のノワールに洞窟内に人の気配がないか聞いてみる。
半ば予想通りではあるけど、洞窟内及び周囲にもエルフ達以外の人の気配は無いと言われた。
ただ、ノワールの探知能力が優れているとはいえ、絶対という訳では無いのだから油断は禁物だけどね。
「アルム、ありがとう。本当に助かったよ。北の森のエルフ、だけでなくここに住まう全ての一族を代表して礼を言うよ。本当にありがとう」
いつの間にか近付いて来ていた北の森のエルフの長が深々と頭を下げた。
そして長を皮切りに沢山のエルフ達が俺に感謝の言葉をかけてくれた。
だけど、このエルフ達は俺の髪色を見たら、どんな反応をするのだろうか? そんな意地悪な考えをしてしまう。
「しかし、髪色が赤いエルフは忌むべき存在だなんてのは嘘だったんだな」
「全くだ! そんな迷信を疑りもせず信じていた自分が恥ずかしいぜ」
「その通りだ。アルム、一瞬でも君を嫌悪した私を許して欲しい」
認識阻害の魔道具に何時の間にか魔力が通ってなかったみたいだ。
エルフの皆さんに俺が赤髪だってバレてる。
恐らくドラゴンとの戦闘で魔力がヤバかった時に、認識阻害の魔道具に通す魔力を自然と遮断していたんだと思う。
その時に赤髪となった俺を見て一瞬でも嫌悪してしまった自分を恥じて頭を下げてくる人までいる。
赤髪の事が杞憂だったのは良いとしても、ここまでくるとなんだかこそばゆい。
そうだ! ここは話を微妙に変えるに限る。
赤髪を嫌悪してしまった事に関しては、もう嫌悪してなければそれで良いですと言ったら勿論だと返ってきたので安心して話を変える。
「皆さん、まだ油断は禁物です。封印を解いた者の事を考えなければいけません」
そう言うと、確かにそうだと皆が賛同する。
いや、気付いてなかったの? とも思ったけど、災厄といわれる怪物を倒して安心していたというのもあるんだろうね。
すると、エルフリーダーが口を開き、長の護衛に数人残して足の早い者には村の皆への報告するようにと言い、残りで洞窟内の調査に入る事になった。
俺は長の護衛を任され、一緒に護衛組になったエルフ達は他のエルフに羨ましがられていた。
どうやら俺と長く話せる機会を得た事が羨ましいらしい。
なんだか人気者になった気分だけど、そんなに気を抜ける状態じゃないと思う。
もし、茶猫獣人村で襲ってきたフードの男並みに強い敵が居たとしたら対応には苦労するはずだ。
だけど、護衛のエルフ達は和気藹々だ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
一人だけ警戒するのを止めない俺に護衛のエルフの一人が人好きのする笑顔で俺に言ってきた。
どうやら、ここに居るエルフ達はかなりの実力者らしい。
「八王剣や帝級以上の冒険者が大挙してこない限り、遅れをとりませんよ」
なんだか凄い自信だ。
ところで八王剣てなんだろう? 分からない事は聞いてみるに限る。
「八王剣を知らない方が居るとは思いもしませんでした」
そう言って苦笑いをするエルフだったけど、訪問者ならば仕方ありませんよねと一人で納得し、八王剣について説明してくれた。
八王剣は簡単に言えば王の側近、あるいは近衛なのかな? 王の依頼で暗殺者にもなる直近の部下で、八人の王の剣だそうだ。
色々と説明してくれたけど、よく分かんないや。
王が内密に何かをする時に活躍する人なのかな? 詳しい実情はエルフも知らないそうだけど、その強さは凄まじいと噂されている。
うーん、言ってみれば、強い者の代名詞的な感じかな。
「ですがアルム殿の実力も相当なものだと思いますよ。なにせ災厄の火竜を倒してしまったんですから」
「皆さんが魔力供給してくれたお陰ですよ」
魔力供給が無かったらと考えると、悲惨な末路しか思い浮かばないからこれは本音だ。
それにしてもあれはやっぱり火竜だったんだね。
火のブレスを吐いていたし火の魔法も使えるって事は最低でも上級種か……本当によく勝てたもんだ。
大抵のファンタジー小説やゲーム、漫画や映画と同じ様に、この世界でも竜は強い種だ。
その強さで分類するとなると、竜は下から下級種、中級種、上級種、特級種、王級種、帝級種、神級種となる。
冒険者の等級とよく似ているけど、特級冒険者だからって竜の上級種に勝てるなんてとても言い切れない。
特級冒険者の場合、相性もあるから一概には言えないらしいけど、下級種なら余裕を持って倒せるだろうが、中級種となると一対一だと結構ギリギリな戦いになると言われている。
ブレスや魔法を使える上級種よりも上の種の場合は特級冒険者ならばパーティーを複数集め、レイドを作らねば対抗は難しいそうで、王級種以上の場合は命を諦めるしかないらしい。
それを考えると俺ってかなり無謀な事をしたなと今更ながらに思う。
「だからこそ英雄なのです」
誰かがそう言うと他の皆が賛同する。
まあ、長の護衛は数人しかいないんだけど、皆が皆俺を英雄だと称えるもんだから、なんだか恥ずかしくなってきてしまったよ。
その後は、この世界に来てからどんな風に過ごしてきたかを質問されまくった。
マリア師匠はエルフ達にも有名みたいだ。
だけど、相変わらず元気な娘なのか? とか姪っ子を可愛がる叔父さんの様なスタンスだったのが、なんとなく不思議だった。
まあ、エルフは長命だから俺から見たら大人なマリア師匠も子供みたいなものなのかもしれないけど。
きっと、ここにも来た事があるんだろうな。
でも、それ以上に不思議だったのが、ジョーさんの名前を出した時の反応だ。
マリア師匠の時と同じ様に親しみはあるんだけど、それ以上に敬意や畏怖の様なものが見え隠れしていた。
ジョーさんは一体何をしたんだろうか? まあそれはともかく、色々と話していたらエルフリーダー達が洞窟から出てきた。
「どうでしたか?」
「洞窟内には誰一人として居なかった。だが、居た形跡はあったのに死体の一つも見つからなかった」
「ということは」
「ああ、封印を解除した者は我等に気付かれる事なくこの場から消えている」
予想はしていたけど、相当な実力者みたいだ。
そんな実力者が何人もいるのかな? 聞いてみよう。
「洞窟内に誰かが居た形跡って一人なんですか?」
「いや、最低でも三人は居たと考えられる」
「それほどの実力者が三人も……」
メチャメチャ厄介じゃないか。
封印を解く知識、暴れる火竜の近くに居る事の出来る戦闘力、エルフ達に気配を感じさせずに場を去る隠密性。
そのどれもが相当な実力で、そのどれをも備えている。
そんなのに襲われたら……考えてみたら俺を刺した黒フードの男も相当な実力者だったと思う。
あんなのが何人も居たら太刀打ち出来ないんじゃないだろうか? 不安がフラグにならない事を祈ろう。
それにしても、封印を解いた集団はどのタイミングで洞窟から居なくなったんだろう? それに火竜と俺との戦闘を見てないとなると、どうして封印を解いたのか分からない。
いや、火竜が倒されてしまう事なんて考えていなかっただけなのかもしれない。
あるいは、封印を解いた事で目的は達成されているのかもしれない。
そんな事を考えてみるけど、その全てが間違いかもしれない。
「賊は逃がしたかもしれないが、火竜を倒したのだから一先ずはそれで良いのではないか?」
「そう、ですね」
エルフリーダーの言葉に頷く。
分からないものを憶測で考えてばかりいても仕方が無い。
「ところで、この竜の素材だがどうする?」
「素材ですか?」
「ああ、この火竜の部位はそのどれもが貴重なものとなろう。だが、これだけの大きさだ。処理も搬送も大変だろう?」
「そうかもしれませんね」
「そこでだ。我等が処理や搬送を受け持つので、素材の一部を譲って欲しいのだ。駄目だろうか? 勿論、それとは別に報酬も渡す」
「試してみたい事があるので、ちょっと待って下さいね」
火竜の素材の事を聞かれた事で、アイテムウインドウに収納出来るか試してみたくなった。
火竜に近付き触ると収納と呟く。
すると火竜は一瞬で消えた。
ざわめくエルフ達を尻目に俺はアイテムウインドウを確認する。
すると火竜の死体と表示されているかと思ったのだけど、きちんと部位毎に分かれていた。
取り出す時に問題になるからなのかな? 導霊のグリに指輪越しに聞いてみる。
エルフ達に素材を分けると予想し分割してくれたそうだ。
さすがとしか言い様の無いグリの気遣いに感謝し、今度は驚いているエルフ達に近付き欲しい部位はどこか聞いてみる。
「我等は何もしていないのに受け取る訳にはいかない」
「皆さんは魔力を供給してくれたじゃないですか。何もしてないなんて事はありませんよ」
「そ、そうか。そう言ってくれるのなら、その言葉に甘えるとしよう」
「はい」
せっかく赤髪である俺に良い印象を抱いてるくれているのだから、ここはサービスして更に好感度アップだ。
そういった下心がなくもないけど、魔力供給が無かったら不味かったのは事実だし、ドラゴンは大きいから少し位の素材を渡した所で懐は傷まない。
「では、少しで良いので火竜の鱗を何枚か貰えないだろうか? 火竜の鱗で鎧や盾を作れば我等にはとても心強いものとなる。それと出来れば竜の肉を食してみたい」
「盾と鱗をそれぞれ一つずつ作ると鱗は何枚必要になりますか?」
「そうだな。専門家ではないから絶対とは言えないが、盾と鎧合わせて二枚あれば足りるのではないだろうか」
「じゃあ予備も込みで三枚として、皆さんの数が二十ですから、六十枚。それと竜肉を二十キロ位で良いですか?」
「ななな、何を言っているんだ。それがどれほどの価値があるのか分かって言っているのか?」
エルフリーダーが思いっきり動揺している。
あれ? 大判振る舞いしすぎたのかな? でも手持ちの火竜の鱗は沢山有るんだし、他にも色んな部位があるから遠慮しないでも良いのに。
「竜肉も貰えるのだから一人二枚で良い」
長が助け舟でエルフリーダーとの話を終わらせようとしてくれた。
「ですが、それでも貰い過ぎです」
「それを恩と思い後に返せば良い」
「俺も、そうして貰うと助かります」
ようやくエルフリーダーはご好意深く感謝すると言って引き下がったけど、報酬の多さにバツの悪そうな顔をしていた。
プライドの問題なのかもしれないな。
でも、エルフリーダーからそれを伝えられた部下のエルフ達は大喜びしているから良いか。
「私は鱗ではなく牙を一本貰えないか?」
「良いですよ。でも、カフスイヤーや色々な事を教えてくれたお礼として両方渡しますよ」
「それはありがたいね」
長が火竜の牙を欲しがったので、了承する。
牙は鱗に比べて少ないけど、一本くらいならなんてことはない。
村に戻ると俺の赤い髪を見て驚くエルフも居たけど、自警団の一人が俺を火竜を倒した英雄だと説明すると好意的になり、結局は多くのエルフ達に感謝された。
そして、災厄と言われた火竜が倒された事は北の森のエルフの里中に広まり、お祭り騒ぎになった。
エルフってあんまりはしゃぐイメージが無かったんだけど、お祭り騒ぎが大宴会になって、それは朝まで続いた。
そして、ようやく宴が終わった頃にエルフの里にも有った石棺に入り、地球世界へと戻った。
因みにアダンさんは、この件を国に伝える為に朝早くから旅立った。
近くの村や集落で国から派遣された誰かに会う事が出来れば、そこから通信出来る魔道具で国に報告する予定らしい。
また茶猫混血獣人のカールと蜥蜴人のンボマさんは、俺が地球世界から誕生世界に行き次第、アダンさんを一緒に追う事になっている。
急いで誕生世界に行ったとしても、あっちでは三日位は経っている訳で、その間に何も無いと良いなと思いつつ、大学に向かう俺だった。
お待たせしました。
全然話は進んでいませんが、よくあることなのでご容赦下さい。
話は変わりますが、この話と同じ世界の新作を投稿していますので宜しければ、そちらも読んでいただけると幸いです。
「異世界に行ったら混血獣人になった」です
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