七十四話目 北の森のエルフの里
74.
「止まれっ!」
北の森、遠くに神樹が見える場所で、囲まれているのに気付いた俺達に制止の声が掛かる。
そして声と共に矢を番えたエルフ達が四方に姿を見せた。
ものの見事に囲まれているけど、言葉が通じる相手だったのが幸いかな。
「我等は北の森のエルフの里の自警団だ。お前達は何者だ?」
「私が説明しよう」
アダンさんが制止の声を掛けて来たリーダーらしき女性の森エルフに対して顔を向け一歩前に出る。
エルフ達の弓を構える手に力が入り殺気が膨れ上がった様に見えて、その瞬間は吃驚したけどリーダーエルフが手で宥める様にジェスチャーすると、殺気が静まった。
リーダーエルフが話を聞く素振りを見せたのでアダンさんは言葉を発した。
「まず、後ろに居る純血エルフは、冒険者ギルドから派遣された国家依頼を受けた特級冒険者アルムだ」
「純血エルフは訪問者か?」
「そうだが、なぜ分かったんだい?」
「まあ、なんとなくな」
「そうか、まあいい。紹介を続けよう。混血獣人はカール、特級冒険者の道案内。私は、特級冒険者と共に行動する様に国から派遣されたアダン・アレンだ」
アダンさんが『どこどこの国から派遣された』ではなく『国から派遣された』と言っても通用するのには理由がある。
他の浮遊大陸は知らないけど、この浮遊大陸に関して言えば国は一つしかないからだ。
森エルフ達は排他的だが一部族に過ぎず、共に同国人だから国から派遣されたで通用する。
「リザードマンは何者だ?」
「私は、ある方からの依頼でこの者達を陰ながら補助する役割を負っていたンボマだ。だが、陰からでは補助出来ない状況に陥ったので、彼等の前に姿を現し共に行動している」
「ほぅ? どんな状況だ?」
リーダーエルフは興味深そうに言った。
ンボマさんはリーダーエルフに今までの経緯を簡潔に説明した。
「なるほど。だいたいは分かった。茶猫獣人族の村には様子を見に人をやろう」
「ありがとうございます」
カールが真摯な態度でお礼を言っている。
その姿を見たリーダーエルフは優しく微笑み、カールに「心配だろうが我等に任せておけ」と安心させるように言った。
なるほど、森の住人には優しい様だけど、それ以外にはどうなんだろう? それに彼等はどうしてこんなにも俺達を警戒しているんだろうか? 分からない事は聞くに限る。
「なにぃ? 我等がお前達を警戒する理由だと?」
「はい。どうして、そこまで警戒するのか不思議で」
俺がそう言うと、アダンさんやンボマさんが、こいつ何を言っているんだという顔をした気がする。
どうやら失敗したようだ。
「フハハ、訪問者とは面白いものだ。それとも、お前の世界では自分の敷地に侵入者が現れても、警戒しないのか?」
「あ、言われてみれば、そうですよね。すみません」
「いや、気にするな。ここまで阿呆だと警戒するのも馬鹿らしくなるな」
「阿呆ですみません」
「フフ、阿呆扱いはすまんな。実際、必要以上に我等はお前達を警戒している」
「え?」
「だがな、お前達が来た方角から警戒せざるを得ないのだ。お前達はどうやってあちら側から来た?」
失敗したかと思ったけど意外にもリーダーエルフには受けが良かったみたいで和やかに話してくれている。
阿呆扱いは悲しいけどね。
しかし、来た方角か……ンボマさんが知ってるのかな? 顔を見てみる。
うん、蜥蜴人の表情なんて全く読めないね。
「我々はとある方に頂いた呪文書により転移し、そこから神樹を目指しここまで歩いてきた」
ンボマさんが発言するとリーダーエルフは考え込んで黙ってしまった。
張り詰めた空気と重い沈黙が緊張を強いる。
「とある方と言うのは、蜥蜴人達が大恩あるあの方か?」
「そうだ」
「理解した。ならばお前達があちらの方角から来たのも分かる」
リーダーエルフがそう言うと周囲を取り囲むエルフ達は弓を下した。無礼を詫びると言って頭を下げた後に、詫びと言ってはなんだが北の森のエルフの里に案内しようとリーダーエルフが言った。
とある方ってのが、どんな方なのか気になるけど、先ずは集落に向かおう。
リーダーエルフの案内のもと暫く歩くと、思いのほか早く北の森のエルフの集落に着いた。
アダンさんは特級冒険者と共に行動しているであろう国から派遣された人を探す為に、冒険者ギルドか集落の長に会いたいと要望を伝える。
かなりの規模の集落なのだけど、冒険者ギルドは無いらしく、北の森のエルフの長に会う事になった。
「こちらがこの里の長様だ」
エルフリーダーの紹介で現われたエルフの長はエルフなのに老人だった。
いや、なんというか、エルフって若々しいもんだと思ってたのに、目の前の長はファンタジー映画に出てくる魔術師のお爺さんばりに白くて長々とした髭を生やしていてニコニコ笑う好好爺なのだから驚くのも当然じゃない? って俺は誰に言ってるんだ。
久し振りに大きく吃驚したから少し混乱しちゃったよ。
「ふぉっふぉっふぉっ。私が北の森のエルフの里の長だ」
あれ? でもこのお爺さん、口は笑ってるけど目が笑ってない。
あ、目が合った。
うわあ、なんか知んないけど、じっとこっち見てる。
なんだ? あ、もしかして、認識阻害が見破られてるってやつか? 不味いな。
アダンさんが挨拶の後に皆の紹介を始めた事で、ようやく長は俺を見るのをやめた。
「なるほどのぅ、だが里には国から派遣された者は君以外いない」
「そうですか、では一番近い集落を教えて頂けませんか?」
「教えるのは構わんが、君達には暫く間この里から出る事を禁止させて貰う」
「なぜですか!?」
「神樹様のお告げだ。客人を里の外に出してはならぬそうだ。茶猫獣人族の村の件は里の者に報告させよう」
「そうですか、分かりました。ですが、ここに居るアルムは訪問者です。その対応は大丈夫ですか?」
「ああ、ある程度の自由は約束しよう」
「期間はどれくらいになりますか?」
「すまんが分からん。事と次第によっては直ぐに何かしらの、むぅ?」
長が話している最中に何かに気付いた様に唸ると、目を瞑って暫く黙ってしまった。
重たい沈黙と緊張した空気がストレスフルだよ。
「すまんが客人達はあやつに付いて行って欲しい」
目を開けたかと思ったらエルフリーダーを見詰めた長。
見詰められたエルフリーダーは頷く。
何の確認をしたか分からないけど、その後に長が口を開いた。
「アルムと言ったか、君はちょっと私と話をしようか」
エルフリーダーが動き出したので、それに付いて行こうとすると俺だけ長に呼び止められた。
ですよねえ、そんな気がしてましたよ。
長と俺を除く全員が退室するのを待って話し掛ける。
「ご用件は何でしょうか?」
「私は君の髪が赤い事も見えておる」
やっぱりそうか。
エルフといえば魔力に長けているものだし、その中で更に力が有るだろう長に見破られない訳がない。
それにしても、髪が赤いのは忌みエルフとして忌避されるもんだと思ってたんだけど、長から今の所はそういった感じはない。
それともこれから何か嫌な事を言われるんだろうか? ああ、気持ち悪くなってきた。
「警戒も緊張もしなくて大丈夫だ。私は君に害を与えるつもりはないし、そもそも忌避感もない」
「本当ですか?」
「長く生きていると頭は固くなりがちだが、更に長く生きると大抵の事はどうでもよくなる」
「どうでもいいって事ですか?」
「赤い髪だから忌むべき存在なんて考え方はどうでもいいと思っとるよ」
「そうですか」
「だが、その髪を良く思わない者も居るだろう。だからこれを渡しておこう」
長はそう言って変わった形のカフスイヤーを俺にくれた。
「これは?」
「もし髪色を見破るエルフが居ても、それを見れば私が認めた者だと分かるから、いざこざが起こる事もないだろう」
「そうですか、ありがとうございます。でもこんな事をしたら長の立場が悪くなったりしませんか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。若者がそんな事を気にする必要は無い。だが、嬉しく思うよ、ありがとう。まあ、私の立場を悪く出来る者など居ないから安心してくれ」
今度はちゃんと目も笑っていて、視線も優しく、なんだか安心出来る。
少しすると長はノワールの指輪を目をとめた。
長もエロイーズさんの関係者なのかもしれない。
「この指輪、分かりますか?」
「ああ、エロイーズの作品だろう?」
「エロイーズさんを知っているんですか?」
「私の孫だよ」
一体、目の前のお爺さんは何歳なんだろう? 想像もつかない。
でもエロイーズさんは亡くなっているのに、長は随分と長生きなんだなと思っていると察したのか、とんでもない事を言い出した。
「私も本来なら寿命が来ているはずなんだけどね。不老になったんだよ。こんな爺さんになってからの不老というのも難儀な話ではあるがね。でもまあ、お蔭で懐かしい物が見れたね」
「不老? 老いないって事ですか?」
「そうだよ。死にはするけど寿命は無い。神人と呼ばれる存在になったんだ」
「神人ですか?」
「ああ。どうしたらそうなれるか分からない。ただ神様に教えられるのさ。お前は神人になったとね」
神人か、なんだか大変そうだ。
愛しい人が出来ても自分は老いずに相手だけが老いていき、やがては死別する。
自分だけが生き残り、悲しみは続く。
そんな昔話を思い出して、思わず口に出てしまった。
「大変ですね」
「大変?」
「ええ、嬉しい事もあるかもしれないけど、悲しい事が多そうだと思って」
「ふぉっふぉっふぉ、なるほどね。色々な考えが有って楽しいね」
いったい何が琴線に触れていたのか分からないけど、長はやたら楽しそうに笑っていた。
その後、エロイーズさんの話は勿論の事、他にも魔法談義や闘法についても話をした。
長の話は楽しいだけでなく、博識ぶりも素晴らしく、話を聞いているだけで自分のレベル、あるいはスキルが上がってるんじゃないかと思えてしまうほどだった。
そして驚くべき事に火炎操士の事まで教わってしまった。
長には残念ながら火炎操士のスキルを使う事は出来ないが、持っていた知識を惜しむ事無く俺に教えてくれてる様に感じた。
「どうしてここまで教えてくれるんですか?」
「そうだね。エロイーズの形見を持っていたからか、あるいは今はミゲールと名乗る玄孫の作った魔道具を持っていたからかな」
この浮遊大陸に来てからの俺って、本当に人の縁に恵まれているよなあ。
それにしても、ミゲールさんがくれた魔道具って本人が作った物だったんだね。
凄い才能だ。
「本当にありがとうございます」
改めて深々と頭を下げお礼を言うと、いやまだまだ教えたい事が有るぞと更に高度な話を教えてくれた。
何時まででも話していたいと思っていたら、部屋を出ていったエルフリーダーが戻って来て話は中断される。
焦っているのかノックも忘れ、部屋に入ってきたエルフリーダー。
「長様っ! 結界が破られましたっ!!」
長は落ち着いているけど、エルフリーダーの焦りっぷりが半端ない。
嫌な予感しかしないんですけど!?