七十話目 火の精霊ダイエン
70.
嫌な予感しかしなくても様子を見に行かなくちゃ駄目だよね。
いや、駄目って事は無いんだけど、混乱しているカールの様子を見ちゃうと行かざるを得ない。
せっかく安全そうな所まで上がったのに下がらないといけないのか。
俺の魔力だって無尽蔵って訳じゃないんだけどなあ。
ネガティブな事を思いながらもカールの縋る様な眼差しと目が合ってしまった俺は、自分で出来る範囲ならなんとかしようって決めてるんだけどね。
カールはここに居て貰う事にして、俺は魔力防御壁の階段を設置して一気に駆け降りていく。
障害物の無い所を魔力の足を使って走っている事もあって、村へ向かう意思ある炎と村との間に余裕を持って入り込む事が出来た。
誕生世界に有る物か分からないけど、火を誘導する物、ガソリンとか灯油、火薬とかかな? そういった類の物は見当たらない。
村へと向かう意思ある火はそれなりに大きいから、火を誘導する物も見付けやすい筈だと思ったんだけど……こうなると、可能性が高いのはやっぱり魔物の類ってなる。
火がどんどん近付いて来るのが分かる。
「あれは?」
「火の精霊だにゃ」
「フラン?」
カールは上に居るし、何故か村人も周囲に居ない事もあって、北の森の近くの街まで転移して来てから今まで姿を見せないでいた火の精霊のフランが赤毛の猫の姿で現れた。
そして相手が同じ火の精霊であると教えてくれた。
「あれも火の精霊なんだ?」
「ちょっと様子が変だけど火の精霊に間違いにゃいニャ」
こちらに向かって燃え盛るゴリラを一回り大きくした様な猿が走ってくる。
フランという精霊と深い関わりがあるのに、俺は精霊の事について何も知らないんだよなあ。
そもそも精霊の存在がどういうものなのか分かっていない。
この燃え盛る大きな猿をどうにか出来るのかな? いや最悪、この大きな猿を村に向かわせなく出来るのなら、それでいいんだけど……
「どうすれば良いんだろう?」
「あいつをブッ飛ばせば良いニャ」
俺の呟きにフランが余りにも簡単な答えを出してくれた。
じゃあ、そうしますか。
って、どうやって? 何はともあれいつもの様にいきますか。
鉄球に魔力を纏わせて魔力の腕を使い全力投球。
凄まじい速度で燃え盛る大きな猿に向かっていき見事に命中。
胴体にぽっかりと穴が開いた。
やけにあっけないな。
と思ったら、胴体の穴が瞬時に埋まる。
効いてない? それなら、今度は闘気を纏わせて全力投球だ。
またも見事に命中。
だけど、同じ様に胴体に穴が開くも瞬時に埋まってしまう。
「これは、参ったね」
「魔炎を使うニャ」
どうすれば良いか分からないしアドバイス通りにいきますか。
魔力を纏わせて投げた鉄球を引き寄せ手元に戻すと、魔炎を纏わせ再度全力投球する。
燃え盛る大きな猿は余裕からか逃げる様子も無く、そのまま鉄球が直撃する。
今度は燃え盛る大きな猿の胴体に穴を開ける事はなかったけど、燃え盛る大きな猿は身体をくの字に曲げて苦悶の表情を浮かべている様に見えた。
「精霊であるわしに、何してくれてるんじゃ、われぇ!?」
しばらくプルプル震えていた燃え盛る大きな猿が、火が消えて真っ赤な体毛の大きな猿に変わったかと思ったら、どこかの方言のような口調で叫んだ。
「って、ここどこじゃい!?」
忙しい猿だなあ。
「なんじゃこりゃあ?」
火事の様子を見て慌てふためいている真っ赤な体毛の大きな猿。
「いい加減に返事せんかい、われぇ」
「おお、突っ込み入った」
「でも今はさっきみたいに変な状態じゃにゃいみたいニャ」
「これで変な状態じゃないんだ?」
「そうニャ。気が乱れてにゃいニャ」
「あのぅ、すまんがわしも話に加えてくれんかのぅ」
フランと俺で真っ赤な体毛の大きな猿に彼がやった事を教えた。
彼の名前はダイエンと言うらしい。
訪問者に名付けられたそうだけど、大猿の音読みなだけの気がするのは俺だけなのかな?いや、大きな炎でダイエン? それならタイエンかな? まあ、なんでもいいや。
ダイエンが言うには、森火事は彼の望むところではないし、尚且つ自分がなんでここに居るかも分からないそうだ。
ダイエンが自分の火を抑えたから、これ以上火の勢いが強くはならないらしいけど、このままでは話が長くなりそうだから、燃え広がって取り返しがつかなくなる前に火をなんとかしたい。
ダイエンに聞くと半分くらいなら吸収出来ると言う。
残りは自分が吸い込むとフランが言うので任せる事にした。
「せぃっ」
気合を入れるための掛け声かな? その後にダイエンが吸い込みを始める。
見る見るうちに火がダイエンに吸い込まれていく。
「フランもするニャ」
そう言ってフランもどんどん火を吸い込んでいく。
どんな仕組みになっているか分からないけど、今まで燃えていたものが瞬時に消えていく場面は何回見ても不思議だなと思う。
ただ、火は消えても火によるダメージは残る。
生い茂っていた木々や草花は見るも無惨、カールの家に至っては木が倒れてきたのもあって全壊だ。
両親との思い出の品もあっただろうに、残念な事になってしまった。
火が全て精霊達に吸い込まれたところで、また話をダイエンから聞く。
「正直、何がどうしてこうなったか分からないんじゃ。ただ……」
ダイエンが言うには、ついさっきまでのダイエンは自分が何をしていたか全く分かってなく、記憶すらなかった様で、自分の領域で訪問者に会ったのが最後の記憶だそうだ。
気付いたら腹に鉄球が減り込んでいて激しい痛みに襲われていたらしい。
フランが気が乱れていたと言っていたし、その訪問者に操られちゃっていたのかな? 今のダイエンとさっきまでのダイエンとは様子が明らかに違うし、その可能性が高そうだ。
でも、この件をどうやってアダンさんや村長さんに報告すれば良いんだろう? そのまんま報告して大丈夫なのかな? 困った。
考え込んでいるとカチカチと二角馬の指輪が音を鳴らした。
誰かが近付いて来るみたいだけど、ダイエンを操ってた訪問者だろうか? それとも村人かな? とりあえず、姿を隠しておいてとダイエンに言うと彼は燃えなかった木の上に登って気配を消した。
すると、真っ赤な体毛で見つけやすいはずなのにダイエンがどこに居るか全く分からなくなった。
でも、まあこれなら安心かな。
「な、なんじゃこりゃ?」
やって来たのは村長と他は村人かな? 十数人の獣人がこちらに向かってきた。
村長も村人達も殺気立っていて少し怖い。
「あんたはカールと一緒に来た特級冒険者じゃのぅ? 一体ここで何があったんじゃ?」
そう言って村長が訝しむ顔で俺を見ているけど、もしかしなくても疑われているみたいだ。
だけど、なんでこっちに来たんだろう? 火事を見たなら、それを消火する為に何かしらの準備をしたり、あるいは村から退避したりすると思うんだけど、彼等はまるでこうなっている事が分かっていたかのように火事に対して何かしようとする状態じゃない。
それとも、火事を見つけたのは良いけど、どうすればいいか分からず途方に暮れていたら突然に火が消えたから様子を見に来たのかな? そえにしては火が消えてからここに来るまで早い気がする。
ああ、余計な事は考えずに何て言えば良いか考えないと。
「あんたが火事を起こしたのか?」
なんて言ったら良いのか分からなくて考え込んでしまい黙っていたら、村人の一人が詰め寄ってきた。
すると、それに便乗する様に何人かの村人が詰め寄ってくる。
違いますと言ってもじゃあなんで黙っているんだと詰め寄られてしまう。
敵意の塊が襲ってきて圧力を感じてしまい、せめて俺だけでも冷静になろうとしても邪魔される。
「アルム君、これはどういう事だい?」
俺の周りを囲む人々を掻き分けてアダンさんが現れた。
アダンさんは村人達を一瞥すると舌打ちをし、拍手を一回した。
すると村人達は今迄の興奮が嘘のように冷静になる。
「村人達は思考誘導されていた様だね」
「え? 一体どういう事ですか?」
「その前に、ここで何があったか教えてくれないか?」
アダンさんは真剣な表情で俺を見ていて、そこに悪意や敵意の様なものや俺を疑うような感情は感じなかった。
それを見た俺は、ここで何が起きたかアダンさんだけには正直に話す事にした。
因みに村人達は、彼等から離れた俺とアダンさんの様子を遠巻きにジッと見ているけど、さっきとは違って敵意は感じない。
「なるほど。予想以上に厄介な仕事だ」
アダンさんに森火事の顛末とダイエンを操っているかもしれない訪問者が居る事を話すと彼は面倒そうにそう言った。
そして、アダンさん自身の見解を教えてくれた。
アダンさんが言うには、北の森で起きている異変というのは人為的なものである可能性が高く、その規模を考えると組織的な犯行である可能性も高い。
そのうえ、村人達の多くを思考誘導したり精霊を狂わす事が出来るレベルの凄腕が居る。
そして、この台詞である。
いやいや、厄介どころか無理な仕事だと思うんですけど!?
「まずは村人に火事について説明しよう。火事の原因は火の精霊の暴走。だが暴走の原因までは分からない。それを逸早く発見したアルム君が精霊を鎮静化させ、落ち着いた精霊によって火は消されたが、その事を申し訳なく思った火の精霊は姿を消してしまった。こんなところでいいかな?」
「はい、わかりました」
ところどころで村人に嘘を吐く事になるけど、余計な混乱を招く事になるから、最適な説明なんじゃないかと思う。
アダンさんが村人に説明を始めると、村人達は落ち着いて話を聞いているようだし、これで一先ずは一件落着かな? あれ? なんか忘れている気がする? それに遠くから俺を呼んでいる声が聞こえる気がする。
「あ」
カールの事を忘れていた。
アダンさんに一言告げた俺は急いでカールを迎えに行った。




