四十七話目 アルバの街のギルドマスター
47.
奥に下がっていったギルドの受付けのオジサンを忌々しげに見るフリオさんの姿に不安が増す。
「どういう事なんでしょうか?」
「わからねえ。だけど、ギルドの受付けが下がる時は冒険者にとって良くない事が起こるって事だけはわかる」
「何か失敗しましたかね? それとも不味い事を……あっ」
「どうした?」
「今日、不味い事があったなと思って」
「学園冒険者か?」
「それ位しか思い当たる事が無いんですよね」
「糞がっ」
フリオさんの顔が明らかに不機嫌の色に染まっていく。
そうなると、当事者の俺の方は逆に落ち着くんだよね。
裏組織絡みでの良くない事の可能性も考えたけど、それなら冒険者ギルドでどうこうと言うのもおかしな話だ。
ただ、学園冒険者達の件はそれほど問題視される事なのかな? フリオさんも大した事じゃないと言ってくれていた。となると相手が大事にしたのかもしれない。
「アルム様、少々宜しいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「ではこちらに」
ギルドの職員が恭しく言ってきた。その態度で逆に緊張を強いられる。
フリオさんが一緒に行くか聞いてきたけど、ギルド職員に断られてしまった。
俺としては一緒に付いて来てくれた方が心強かったんだけどなあ。
ギルド職員の後を追って階段を上っていく。
二階に上がり、いくつかあるドアの前でギルド職員が止まる。
「入れ」
職員がドアをノックしようとする前に中から声が聞こえた。
職員に続いて中に入る。
そこには、大きくて頑丈そうな机で頬杖をついている大きくて頑丈そうなスキンヘッドのオッサンがいた。
「お前がアルムか?」
「はい。訪問者のアルムです」
こちらをジロッと睨んだ後に質問してくるから、ビビってしまう。
だけどスキンヘッドのオッサンは、こちらがビビッてアタフタとしているのを気にする事も無く会話を続ける。
「俺の名はガロ・ベセラ。このアルバの街の冒険者ギルドのギルドマスターだ」
ギルドマスター? 普通に考えたらギルドで一番偉いって事だよね? そんなお偉いさんが一体どんな用事があるというのだろう? 予想通りの学園冒険者の件なのかな? それと、この街ってアルバって名前だったんだね。
「そう訝しむな。先ずはこちらの質問に答えてくれるか? そうだな……今日、初めて螺旋迷宮に入ったんだよな? なのに一日で中級になった。確かなのか?」
「はい。えっと、認定証を見せますか?」
「話が早いな。頼む」
「どうぞ」
アイテムウインドウを開き初級冒険者卒業認定証を取り出すとギルドマスターに渡す。ギルドマスターはそれに目を通すとムゥと唸った。
「十階層の出口前の敵の仮面は何色だった?」
「これです」
言葉で伝えるよりも現物を見せた方が話は早い。
アイテムウインドウから今度は猛き闘人の栄えある白い仮面を取り出し、ギルドマスターに渡す。
「報告通り、白のブラトか……あいつらの耳の早さは異常だな」
これが苦虫を噛み潰した様な表情ってやつなのかな? ギルドマスターが渋い顔をしている。
コツコツと机を指で叩きながら、初級冒険者卒業認定証と猛き闘人の栄えある白い仮面をギルドマスターが返してきたので収納する。
「螺旋迷宮の一階層で餓鬼共と揉めたろう? 実はその事で文句を言ってきている奴等がいる。まあ獲物の横取りなんぞ初級同士ならよくある事だと相手にしなかったんだが、お前が強者だと言うなら話は変わってくる」
「強者? 俺が強者ですか?」
「少なくとも冒険者としては、お前が揉めた餓鬼共より遥かに強者だな」
「そうだとしても、強者だと話がどう変わってくるんですか?」
「強者は弱者を保護する義務がある。まあ、そんなものは建前だ。だが、その建前を自分の都合の良い様に利用する奴等がいる」
「すみません。出来れば分かり易く説明して貰えると有り難いんですけど?」
「ああ、すまんな」
そこから、ギルドマスターの愚痴交じりの長い説明が始まった。
なんでも、俺が揉めたのは学園冒険者の中では優秀な編隊だったらしい。
また、多少は性格に難のある者もいたが基本的な性質も善性で問題は無かった。 ただ、その身分が問題なのだそうだ。
その筆頭がクストディオ・アルバ。あの生意気そうな少年だ。
この街と同じ苗字のクストディオ少年は街を治める領主の息子、他の子達も名家の子達だそうだ。
因みにクストディオの父であるアルバ領主は出来た人物で、息子の為に冒険者ギルドに圧力を掛けて来る様な事は決してしない。
だからと言って、何も無しで事を済まそうとは考えられない人達もいるらしい。
それは学園。王都にある様々な人材を育成する事を目的に造られた学園の運営は寄付金によって成り立っているらしく、寄付金が多い親族を持つ生徒を優遇する傾向にあるそうだ。
そして、クストディオ達の親族も相当な額の寄付をしている。
そんなクストディオ達と俺との揉め事を彼等が有利になる様な形で収め、彼等の親族からの学園に対する印象を良くし、より多くの寄付金を得たい。
だからこそ学園は、冒険者ギルドに煩く抗議する。
まあ、これらは冒険者ギルドの見解であり、事実とは異なるかもしれない。
取り敢えず確かな事として、学園はクストディオ達が倒せるはずだったゴブリン達という損失をその原因である俺が補填するべきだと訴えてきているそうだ。
冒険者ギルドは、学園からの訴えを俺が初級冒険者で尚且つ訪問者である事を盾に凌いでいた。
でも俺が強者だと分かってしまったので、その言い訳は通用しない。
ましてや、一日で白のブラトに勝ち中級冒険者になれる程の強者なのだから、ゴブリンを無力化してクストディオ達に殺させる事が簡単に出来るだろう、と言う学園の言い分を冒険者ギルドとしても肯定せざるを得ない。
「一日で中級冒険者になる奴など稀にしか現れん。しかもそれを白のブラトを倒す事で成し遂げたなんて言われても眉唾だと学園関係者を追い払ったんだがな……お前がそれを真実だと証明してしまった」
「それじゃあ」
「すまん」
ギルドマスターがスキンヘッドを輝かせながら深々と頭を下げている。
これはつまりあれですか? 俺を庇ってくれようとしたけど、出来なかった事に対する謝罪なのかな? 取り敢えず謝罪に関しては別にいい。庇おうとしてくれるだけで有り難いし。
ただ、損失補填の仕方が問題だよね。何をさせようと言うのだろう?
「それで、俺は彼等に何をすれば損失補填した事になるんですか?」
「やってくれるのか?」
「正直、やらざるを得ないってところですけどね」
「すまんな。そして感謝する。損失補填の方法なんだが……」
ギルドマスターには例の少年少女六人組の学園冒険者達と一緒に一階層を探索する様に言われた。
また、その際に俺が倒すべきゴブリンを少年少女六人組の一人一人に二匹ずつ倒させる様にも言われた。
一階層の敵の出現法則は決まっていて、部屋に入った人数の半数、同数、倍数となっている。
仮に少年少女六人と俺の計七人が敵が倍数出現する部屋に侵入した場合、敵は十四体出現する。
そのうちの二体が俺の担当すべき敵だ。
だけど、その二体は殺さずに動けない位の損傷で抑えて、とどめを少年少女六人組の誰かにやらせる。
そうやって、六人全員にゴブリン二体を始末させるのだそうだ。
学園の狙いは少年少女六人組にゴブリンを倒させる事によって、生命の力を得させる事にあるらしい。
それが損失補填になるそうだ。
生命の力と言うのは、それを貯めれば神殿でレベルを上げる事が出来る生物のエネルギーの事らしい。
そう言えば、前にそんな話を聞いた気がする。
あれ? もしかして俺って結構エネルギー貯まってるんじゃ? 今度ミゲールさんの神殿に行ってみよう。
それと出現宝箱について聞かされた。
宝箱が出現した場合、先に開ける権利が俺にあるらしい。
出現宝箱の中身の権利は基本的には決まっているけど、中には先に開けた方に権利が与えられる物があるからだそうだ。
冒険者ギルド職員に呼ばれて確かに面倒な事態にはなったけど、こういった貴重な情報を得る事が出来たのは大きい気がする。
長時間話し込んでしまったけど、一応は有意義だったかな。
階段を下りるとギルドのロビーでフリオさんが待っていてくれた。
大体の事を説明する。
「大変だな」
「まあ、でもこれで以降は絡まれずに済むんだからよしとしますよ」
「早速、明日行くのか?」
「はい。俺は明日を逃すと暫くはこっちを離れるので」
「そうか、だけど学園冒険者と学園に利用されない様に気を付けるんだぞ」
「わかりました」
「ところで晩飯はどうするんだ? 良かったら俺の家で飯を食わないか?」
「え? ご家族がいらっしゃるんですよね? 迷惑なんじゃ?」
「そんなもん気にすんな。娘達だってアルムみたいな男前が来たら喜ぶさ。それに闘王美人の弟子だからな。長男はきっと大喜びだ。むしろ俺の家に来てくれよ」
「そ、そこまで言うなら……ありがとうございます」
正直に言えば、いくらフリオさんの家族とはいえ初対面の人に会うのは重圧でしかない。
だけど、フリオさんには世話になってるし、好意から誘ってくれてるんだから断るのは失礼だもんね。せめて娘さんが同じ位の年齢じゃない事だけを祈ろう。
フリオさんの家への道すがら手土産を買いつつ、気になっていた子供達の年齢を聞いてみる。
「一番上が十六歳で男、二番目も男で十四歳だ。三番目が女で十二歳、そんで末娘が十歳だ。なんだ? 娘はやらんぞ?」
「いや、俺に少女趣味は無いんで大丈夫ですよ」
「訪問者には幼子が好きな男が多いと聞いたからな。年齢を聞いてきたって事はそういう事じゃないのか? 家に招待したのは失敗か?」
「いや、だから大丈夫ですから。俺はどちらかといえば大人な女性が好きなんですよ」
「まさか、俺の嫁を狙う気か?」
「どうしてそうなるんですか? このおっさん、もう嫌だー」
そんな馬鹿話をしながら歩いていると、フリオさんの家に到着した。
フリオさんの家は少々草臥れた感は有るけど、壁向こうの富裕層の住む地区ではないこの地区の周りの家と比べたら、割と立派な二階建ての家だ。
ただし、富裕層の家々がどれ程のレベルか分かんないから富裕層レベルだとは言えない。
「帰ったぞー」
「おかえりー」
フリオさんが大きな声で帰宅を告げると、同じ位の大きな声で迎えの声が聞こえた。現れたのは、なんと純血エルフだった。
それもマリア師匠と張り合える程の超美人だ。
どちらも気の強い感じと肉感的なのは似ているけど、フリオさんの奥さんの方は金髪碧眼だ。
「あら? お客さん? 初めまして、私はそこのフリオの妻のリリアーヌよ」
「初めまして、訪問者のアルムと言います」
「なかなかの男前だろ? しかも、闘王美人の弟子なんだぜ!」
「リリアーヌさんの様な超美人の前で男前なんて言ったら、烏滸がましいですよ。それに、こんな超美人と結婚出来たフリオさんの方が、言っちゃえば男前じゃないですか。全く嫌味なおっさんですね」
「色々誉めつつ、結局最後は嫌味なおっさん扱いかよっ」
「はいはい、仲が良いのは結構だけど、皆お腹を空かせて待ってるんだからね」
「あ、フリオさんが遅くなったのは俺を待っていてくれたからなんです。これは食事の時間が遅れてしまった御詫びと家に招待して頂いた御礼です。まあ、家に招待してくれたのはフリオさんだけなんですけどね」
「あら、お客さんは歓迎よ。ようこそ我が家へ」
「ありがとううございます。では歓迎の御礼も兼ねてこちらをどうぞ」
「あら、ありがとう。フリオの友達なのに気が利くのね」
誰かの家に招待されるのなんて初めての経験だから、なけなしの知識の中から選択した最善策を実行してるんだけど、大丈夫かな? 手土産は夫婦揃って好きだと言う葡萄酒と子供達が好きだと言う果実水を店で冷えた状態で売っていたのを買ったそのままに収納して持ってきた。
収納魔法は収納した物をその状態で維持出来るので、よく冷えていた葡萄酒と果実水は凄く喜んでもらえた。
家にお邪魔する。息子さんや娘さん達とも挨拶を交わし食卓に着いた。