一話目 異世界転移?
1.
「はあ」
自然と溜め息が出る。大学の構内、リアルコミュ障の俺はぼっちだ。
友達同士や恋人同士で仲良くキャンパスライフを満喫している人達を、正直羨ましく思う。
だけど、俺にはそれが出来ない。どんな風に友達を作ればいいか分からない。
ましてや恋人なんて、女性に興味が無い訳じゃないけど、同年代の女性に対して苦手意識が強い俺には到底作れそうもない。
講義が終わると用事でもない限り、真っ直ぐに家に帰る。
大学内の友達に誘われる事なんて無い。友達なんていない。
家までの帰り道で俺を呼び止める誰かが居るとしたら、キャッチセールスか宗教の勧誘くらい。泣いてなんかない。ないったらない。
現実でぼっちなのは仕方がない。俺には救いがある。
「あの、これ落としましたよ」
でも今日は珍しく、大学の最寄の駅で声を掛けられた。
駅の喧騒の中でも俺の耳にスッと入って来た、柔らかで優しい声の主を目にした瞬間、俺は固まってしまった。
年齢は俺より少しだけ上なのかな? スーツ姿だから社会人? 身長は俺より少し低いけど、然程変わらないから百七十センチ弱かな。
スラッとしたモデル体型で、艶やかな黒髪を真っ直ぐ腰まで伸ばしている。
そして、顔は沖縄出身の俺の大好きな女優に似ている。
あまりにも自分の好みにぴったりの女性だったので、固まってしまった。
そんな女性が自分に笑い掛けてくれている。夢の様な瞬間だ。
これは幻覚なのだろうか? それとも白昼夢? もしかして運命の出会いなのかな? なんて馬鹿な事を考えてしまう。
「あの?」
自分の好みを具現化したような女性が、笑顔から怪訝な顔になっている。
それを見た瞬間に、恐怖から現実に引き戻される。嫌われるのが怖い。
「あ、ありがとうございましゅ」
彼女が拾ってくれて差し出してくれていた俺の携帯電話を、礼を言ってすぐさま引っ手繰ると、逃げる様に電車に乗り込んだ。
こんな態度だと余計に人に嫌われるかもしれない。
でも嫌われた結果、近くに居ても疎外感を受け苦しくなる位なら、最初から離れていればいい。
電車に乗って自分の行動に無理矢理に理由付けをすると、後は何も考えないようにした。
帰宅すると、家族に挨拶するでもなく無言で自室へ。
据え置き型ゲーム機を起動すると、インターネットで繋がったモニターの中の仮想世界で自身の分身であるアバターを操る。
仮想世界の中には誰でも自由に行き来できて多い時は見知らぬ人が数十人は居る広場や、逆に許可した人しか入れない自分専用のプライベート空間などがあり、そういった場所で多くの人々が思い思いのコミュニケーションを取っている。
俺はクラブハウスと言う、クラブの一員であれば誰でも入れる仮想空間内に建てられた大きなログハウスみたいな場所にアバターを移動させると、キーボードを叩いてモニターの中にいる数人の仲間達にテキストチャットで挨拶をする。
多い時は二十人位集まるこの場所で何をするわけでも無くダラダラとテキチャで雑談しているだけでも十分に楽しい。自然と顔が緩んでくる。
それに、ここに来れば誰かしら居るから、こうしている間だけは一人じゃないと思える。俺の救いの場だ。
ぼっちの現実から仮想世界への逃避だと揶揄されても構わない。
ここの皆は温かい。俺はこのぬるま湯がとても気に入っている。
『今日もジョーさんオフラインだね』
誰かがそう言うと皆が口々に同意した。
テキチャだから字なんだけど、アバターから吹き出しが出て話し始める。
ジョーさんは、この仲間達のリーダー的存在で、俺よりも俺の父親に年齢が近いから言ってしまえばおっさんなんだけど、ノリは若い。
偶に説教するところはおっさん臭いけど、自分の考えを押し付けたりしないからジョーさんと同世代の大人達だけじゃなくて、俺と同世代や下の世代のネット仲間にも慕われている。
仕事が自営で時間に余裕のあるジョーさんは社会人にしてはオンライン率も高くて、そこも皆がジョーさんの元に集まる要素だった。
そのジョーさんが最近は全然オンになっていない。
『確かに……』
『まあ、仕事が忙しいのかもね』
『あ、噂をすればなんだっけ?』
『影?』『陰じゃね?』
そんな話を皆としていると、久し振りにジョーさんがオンになったというシステムメッセージが画面に表示された。
でもジョーさんはゲームにログインしないまま、暫くオン状態が続く。
『なかなか来ないね』
『アップデートとかしてんじゃない?』
『久しぶりだからねえ』
少し経つと、メッセージが届きましたというシステムメッセージが画面に表示された。ほぼ同時にジョーさんはオフになってしまった。
『ごめん、メッセージきたから離席するわ』
『あ、俺も』『私も』『僕も』『同じく』
画面上の仲間達がテキチャで似たようなことを言っている。
俺も画面を切り替えメッセージを確認する事にした。
メッセージはジョーさんからだった。まあ、予想はしていた。
だけど内容は予想外だった。
やあ久しぶり。
暫くオンになってなかったのは実は異世界に行ってたからなんだよね。
一緒にどう? リアルの自分とは違うリアルを味わえるよ。
もし行きたかったら、このサイトで俺からの紹介って事で寝袋を買ってくれ。
紹介パスワードは……
なんと言えば良いのかな……いくら俺がラノベ好きだからって異世界転移は現実味がないよジョーさん。
それともこれが主目的なのかな? 寝袋を買ってくれってのも酷い。
画面を切り替えてモニターの中の仲間達の反応を見てみる。
『ジョーさんないわー』
『寝袋で異世界転移出来ますよってこと? 有り得ねー』
『ラノベ設定にしても酷すぎる』
『私にはダイエットに最適のものがあるってメッセージだったよ』
『私もそうだった』『俺も』
『またジョーさんの新しい悪戯って可能性もあるんじゃね?』
『なくはないなー』
『俺は試しに買ってみるかな』
『サイトを見てきたけど、一万円だぜ? 高くね?』
『みんなにメッセージを送って、何人中何人買うかの実験かもよ?』
『ただの釣り』
『ジョーさんなら色々と有り得るから怖いよね』
『でもダイエットできるなら良いかも……』
ジョーさんからのメッセージで仲間達は大盛り上がりだ。
さっきは馬鹿にしたけど、もしかしたらこれが狙いだったりして? 大して知らない奴からのこんなメッセージならスルー確実だけど、影響力の高い人からだと違うって事かな。
まあなんにせよ、俺はとりあえずスルーかな。一万円は大金だ。
『でもさ、寝袋で異世界転移って某巨大掲示板の片隅で少しだけ話題になったことあったよ』
『へー』
仲間の一人が言った事が少しだけ気になった。確かに俺も見た事がある。
もしゲームみたいなファンタジー世界に行けるんなら、俺だって無条件で行きたいよって思ったっけ。
だけど他の仲間達は曖昧に返信しただけで話は流れていくし、俺もその話に乗っからなかった。
翌日、大学では当然の如くぼっち。
帰宅して早速オンになる。仲間達のオン状況を確認すると、普段なら同じ位の時間にはほぼオンになっている仲間内でも特に仲の良い(と自分では思っている)あいつがオフだった。昨日、某巨大掲示板の話をした奴だ。
「まさかね……」
その日はずっと仲間達と雑談をしていたんだけど、仲間内のオン率が微妙に低い気がした。
仲の良いあいつもオンになる事は無くオフのままだ。
あいつが一日中オフなのは珍しいけど、オン率が微妙に低いのは珍しくはない。
少し気にはなったけど、特に仲間内で話題にはしなかった。
更に翌日、またあいつはオフのままだった。
仲間内のオン率も昨日より少し低い気がする。
そして更に翌日、またあいつはオフのままだし、仲間内のオン率なんていつもの半分だった。仲間達も違和感には気付いている様で自然とその話題になる。
『なんかオンライン率が微妙じゃね?』
『微妙って言うか、まあいつもより明らかに低いわな』
『半分くらい?』『だな。ジョーさんのメッセ絡みか?』
『可能性は高いんじゃないかな?』
『俺も買ってみるかな……』
『えー、でも一万だよ?』
『俺は少し割高なゲームを買うと思えば有りかな』
『俺は買わん』『強気だ』
『私も買わん』『そっちもか』
俺はどうしようかな? まだ悪戯の可能性も捨てきれないんだよね。
買ったら買ったで、はい釣られたーとか言われたら顔が真っ赤になってキレちゃう自信あるよ。
馬鹿にされるのは嫌だ。俺が馬鹿なのは俺だけが知っていれば良い。
また更に翌日、あいつはオフのまま、そしてオン率は……激減している。
少なくなった仲間達と雑談をするも必然的に話題はそれになる。
『オンライン率ヤバくない?』『確かに』
『あいつ、買わんとか言ってたのに買ったんだな』
『オフだ』『裏切り者だよね』
『買えばオンライン率の低さの謎も解けるのかねえ』
『でも、一万円は高いです』
『けど、このままみんながオフになってぼっちになったら……』
その言葉の後は、みんな黙ってしまった。
確かに仮想世界でもぼっちになるなんて、考えるだけでゾッとする。
ここで仲間と居る時だけはぼっちを感じないで済んだのに、救いの時間だったのにと考えると、ジョーさんを少し恨んだ。
でも思い出した。仮想世界ですら誰ともコミュニケーションが取れずにぼっちでウロウロしてるしかなかった俺に声を掛けてくれて、ぼっちから救済してくれたのはジョーさんなんだ。
まあ騙されたと思って買えば、もし騙されたんだとしても怒りも恥ずかしさも少なくて済むかもしれない。
俺はメッセージにあったサイトを開き寝袋を注文した。
寝袋はその日の内、晩ご飯を食べ終わる頃には届いた。
宅配の早さにビックリしたけど、興味は荷物の中身へ向かう。
急いで二階の自分の部屋に戻り、すぐさま段ボールを開けて寝袋を取り出す。
「んー?」
寝袋って顔のところ開いてなかったっけ? 寝袋って言うより海外映画でよく見る死体安置所の死体袋みたいだ。
ただ、チャックは内側にあるし中の人が死体じゃ閉められないから、やっぱり寝袋なんだよね。なんだか変な感じがする。
取り扱い説明書をザッと読み、その通りに携帯電話を持ってベッドの上に敷いた寝袋に入り、チャックを閉めてみる。
暗い。真っ暗だ。
チャックの隙間から光が漏れてきそうなものだけど、そんなことはなく、ただただ暗い。
「これなら寝付きが悪い人でも直ぐに寝れそうだな……」
なんだか俺も不自然な程の眠気が襲ってきている……




