入学しき
この話は前作、『卒業日より』の続きです。よろしければそちらを先にお読みください。
桜が咲き乱れる。
春が来た。
学校を覆う沢山の桜が歓迎するように花びらを散らす。
ピンク色に染まったこの世界で、私の学園生活が始まるのだ。
晴れやかな空の下、浮かれたようにフワフワと花びらの絨毯を踏み締めて、校内を歩く。
入学式までまだ時間がある。
せっかくだから、体育館に向かう前に見学をさせてもらおうと、試験を受けに行った東校舎の方へと足を向ける。
明るい青とピンクの世界からたどり着いたそこは、暗くジメジメとした茶色い世界だった。
湿気た土は、今日下ろしたばかりのローファーを沈めて、たどり着く私に向けて告げられた言葉に、ありがとうございます。と、小さく返す。
気分も沈む。 それでも足を運ぶのは、試験後目に入った桃色を見る為だ。
薄暗いここなら、あの時一瞬見た桃色がさぞ映えるだろう。
期待を込めて辺りを散策するが、世界は茶色いままだった。
「そこで何やってるんだ?」
頭上に降り懸かった声に体を震わせた。
おそるおそる見上げれば、校舎の窓から一人覗き込む男の姿があった。
「上がってきたらどうだ?まだ入学式までに時間はあるだろう」
微笑む彼の言葉に頷き、柔らかい土を蹴りだした。
何回目かの階段をのぼる先に、男のシルエットが見えた。
試験で訪れた時と変わらず薄暗い場所に、佇む場違いな背の高いシルエットに息をのむ。
「入学、おめでとう」
たどり着く私に向けて告げられた言葉に、ありがとうございます。と、小さく返す。
その踊り場は前の階と変わらない何の変哲もない踊り場だった。
掲示板も、鏡も、何もない寂しい踊り場。
どうしてこんな所に彼はいたのだろう。
「どうしてこんな所に?」
口に出してしまったのかと思ったものは、彼からの問い掛けだった。
経緯を話せば、薄暗い中でも分かるほど彼は喜びを表した。
「それ、桃の花だね。君が見たのは確かに蕾だけど…もう散っちゃったんだ」
喜びから次第に悲しげな声へと変わる。
そっか、散ってしまったんだ。
「先月には咲いていたんだけどね。ここからは良く見えるんだ。鮮やかな桃が」 開いていた窓の方へ向けば、ヒョロリとした木の枝が見える。
そういえばあの桃色を見かけたのも移動中だった。
きっとここで見たのかもしれない。
「来年になったら見れるから。来年の3月、またここにくるといいよ」
そう声をかける彼に頷く。
なんだか暖かくて、優しい人だ。
これからの学園生活への安心と楽しみが増してきた。
「そろそろ向かった方がいいかもね。引き止めちゃってごめんね」
彼の言葉に、声をもらす。
確かに、入学式に遅れるなんて恥ずかしい。
それからの学園生活なんて私なんかには到底考えられない。
お辞儀をして、階段を駆け降りる。
来年、来年か。
彼も来年の3月には桃を見にくるんだろうか。
…一緒に見れるだろうか。
まだまだ先のことだけれど、色鮮やかな桃色を思い描いて、私はまた桜の舞う先へと走っていった。
なんだか懐かしい。
…確か、君にもそうやって声をかけたはずだ。
さっきの新入生も君に似た黒い長い髪だったな。
この場所、教えちゃったけど…良かっただろ?彼女なら君と仲良くなってくれそうだ。
卒業した僕にはもう君が見えないけど、きっとここにいるんだろう。
なんとなく分かるんだ。
…あぁそろそろ行かないと。
新任代表の挨拶、うまく出来るか心配だけど、きっと大丈夫だろう。
君と初めて会ったあの日も、在校生代表の挨拶うまくいったんだし。
それじゃあ行ってきます。
あぁその前に、まだ大事な事を君に告げなくては。
「ただいま、佐倉」
今年からはもう、別れの春など迎えない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
前作が別れの春のお話でしたが、今回は出会いの春のお話でした。
たった1ヶ月違うだけで出会いと別れがある学生さんっていいですよね。大人になると別れはいつ来るか分かりませんから。
恋愛ものリベンジと題した二作共に話の中で、春を連想する梅、桃、桜の移り変わりを織り交ぜてみました。
書くにあたって梅や桃は別れの春(3月)、桜は出会いの春(4月)を象徴してます。
地域によっては同時に咲く春の花ですが、散っても別の花が咲いて散ってもまた別の花が咲くっていうのはなんだか素敵で、どうにか話に組み込めないかと思い、交ぜてみました。それにしては控え目というか本文での扱いが突発すぎたかな…と反省。
突発すぎた、といえば前作もまたなかなか突発的な文章でしたね。短すぎて何が何やら…でも明確にバレバレな話にしたくなかったんですよね。
綺麗な謎めいた文章はなかなかに難しいです。精進あるのみ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。