姉弟喧嘩は犬も喰わない?
どたどたどた、と騒がしい足音に続いて、大声で何かを言い合うような声が聞こえてくる。
思わずため息が出てしまう。
本当にもう、あの子達は。
「うるさーい! ちょっとは仲良くしなさい!」
2階は一瞬だけ静かになったものの、すぐにまた言い合うような声。
昔はあんなに仲がいい姉弟だったのに。
長いこと子供が出来なかった私のところに、一時的に預かってほしいと遠縁の親戚の子供がやってきたのは、もう15年も前になる。
結局一時的に、と言う話が1か月になり、半年になり、2年になり、そして3年が経った頃には私と養子縁組をして正式に『うちの子』になった。
あの頃はもう本当に大変だった。
いきなり『女なんだからコドモの面倒くらい見れるだろう』と、ワケのわからないことを言われつつ赤ん坊を押し付けられて、とにかく死なせないようにと必死だった。
おまけに、赤ん坊だった女の子、千尋が正式に私の長女になった頃、私のお腹には新しい命が宿った。それが長男の千里だ。
千尋は養子ではあるけれど、それこそオムツを毎日替えて育てただけあって、ただ血がつながっていないだけで本当の娘同然だ。
そんな娘は、幼い頃から『弟か妹が欲しい』と言い出すようになった。
私の不妊症を知るはずもない、小さなコドモの空気を読まない言葉に少なからず傷ついたものだが、千尋が『弟が出来たら可愛がってあげるのになぁ』と言いながら、なぜか私のお腹を撫でた翌週、私が妊娠していることが分かった。
妊娠7週目、まだつわりもない、体型の変化もない。ただ『いつもよりちょっと遅れてるかな』と思う程度の時期だった。
「ねぇお母さん! 千里がぁ!」
「うっせぇよ! 姉ちゃんが悪いんだろが!」
「違うでしょ!? 先にやったの千里じゃん!」
「俺じゃねぇし!」
突然、娘と息子が1階へと降りてきた。
いつもの光景だ。
我が家の風物詩とも言える姉弟喧嘩。
「あんた達もねぇ、子供の頃はあんなに仲良かったのにね」
「だって千里が」
「姉ちゃんが悪いんだろ」
はいはい、ここまではもうオードブルからメインディッシュみたいなもの。
ここから仲直りするまでが1セット。本当にもう、何回繰り返すつもりなんだろう。
「千里もねぇ、小学生の頃までは『おねえちゃんだいすきー』とか言って、千尋も『お嫁さんになってあげる』とか言ってたのにねぇ?」
「ばッ……な、何言って、そ、そんなのガキの頃じゃんか!」
「そ、そそそそそうよ!? そんな、千里のお嫁さんとか絶対無理! ありえないから!」
「俺にだって相手選ぶ権利はあるし!?」
「選ぶだけじゃなくて選んでもらわなきゃ結婚はできないんですー。千里みたいなの選ぶなんて、誰がいるのぉ?」
「そんなの自分が誰かに選んでもらえてから言えよなぁ? 俺は選んでくれた子いるし」
「は、はぁ!? え、ちょ、なに、誰!? 私聞いてない!」
あぁもう面倒くさいったらありゃしない。
わざわざ1階に降りて来て喧嘩続けることないのに。
「はいはいはいはい、2人とも邪魔。晩御飯作れないでしょうが」
「そんなことよりお母さん! 千里が! 千里が、選んでくれた子がいるって!」
「知らないわよ。ほらそれより千尋、2階に行かないなら手伝いなさい。玉ねぎ切って」
「えーヤだ。目にしみるもん」
「だったらほら、2人とも上に戻んなさい。邪魔しないの」
「俺戻りまーす。宿題する」
「ねえちょっと千里、待ちなさいよ! ねぇ!? 私知らないんだけど!? 誰!? ちょっと!」
騒がしい声が階段を登っていく。
やれやれ、本当にあの子達は賑やかだこと。
一時期は本当に、仲が良すぎて心配になるくらいベタベタしていて、千尋が千里から離れようとしなかった。
本当にこの子たち、男女の仲になって結婚するとか言い出すんじゃないかしらと思っていた。
まぁ、そうなったらなったで別に構わない。千尋は私と普通養子の関係だし、いざとなれば養子縁組を解消すれば、あの子は『他人』に戻ることが出来る。
夫は5年前に交通事故で他界して、保険金であの子達2人を大学に行かせて挙げられる程度には余裕がある。
私も病院の事務で働いて収入もあるし、ある程度の事があっても生きてくことは出来るだろう。
「そう言えば、千尋に養子だって言っといたほうが良いかしら。あの子もうすぐ18だし」
千尋はつい先日、大学への進学も決まった。親孝行なことに、親元から通える国立大に通う事になってくれた。
千里も今年から高校生。去年くらいから、本当に呆れるくらいバカスカ食べるようになった。食費がかかって仕方ないけれど、まぁ男の子はこんなものなんだろう。
高校の合格祝いに好きなもの好きなだけ食べさせる、と話したら、一人でケンタッキーフライドチキンのパーティバーレルを平らげてしまった。
育ち盛りの男の子の胃袋は、多分どこか異世界にでも繋がってるんだろう。
「さぁて、玉ねぎは良いから次はひき肉……ってずいぶん静かになったわね……?」
ふと気づくと、2階から物音がしない。
いつもの姉弟喧嘩の賑やかな声が聞こえないと、かえって少し心配になってしまう。
私は足音を立てないように階段を登り、まず千尋の部屋へと向かう。
人の気配がない。うん、これは2人して千里の部屋にいるな。
静まり返った2階の、長男千里の部屋のドアに耳を近づける。
(ねぇ誰なのよ、教えてよぉ……なんで? お姉ちゃんじゃダメなの?)
(……嘘だよ。その、そんなの、彼女とかいねぇよ……)
(ホントなの? ねぇ? ホントに彼女いない? お姉ちゃん許さないからね? 私以外の女と付き合うとか、私のファーストキス奪っといて他の女のとこに行くとか、そんな事したら千里とその女殺して私も死ぬから)
とんでもなく物騒な内容をささやきあう声が、ドア板を通して聞こえてくる。
おやおや、これは大変だ。
実は養子だと千尋に伝える時にショックをうけるかもしれない、と考えていたけれど、これはひょっとしてストレートに伝えちゃって大丈夫なんじゃないか?
むしろ、ひょっとして養子だって伝えたら2人ともテンション上がっちゃうかもしれないな。
(私、本気だからね。本当に浮気とか絶対許さないから)
(俺だってそうだよ……ってか母さんにバレないようにしないと)
(バレたら絶対引き離されるよね……気をつけなきゃ)
(分かった。じゃあどうする? また喧嘩のフリする?)
(……ヤだよぉ……千里とケンカとか、フリだけでも辛いよぉ……)
なるほど、これは重症だ。
2人とも、これは『禁断の愛』的なもので酔ってるな。
さてどうしよう
今二人に伝えたら、色々歯止めが効かなくなりそう。
せめて今15歳の千里が18歳になるのを待ってから、二人に養子の話を伝えた方が良さそうだ。
そうでもないと、2人で盛り上がりすぎてしまうだろう。いきなり孫が出来ることにもなりかねない。
抜き足差し脚で1階へ戻り、階段の下から声をかける。
「千尋ー? ちょっと手伝ってー」
少しの間があってから、上から『はーい』という返事。
さて、これは困った事になった。
今回はホームコメディ風のショートショートにしてみました。
ラノベや漫画でよくある設定を使って、賑やかな家庭を描いてます。




