終わってなんかない。
全ての者たちが糸から解放され、皆がそれぞれの仲間たちの下へ駆け寄り、互いの無事を確認しあった。
その光景に安堵を覚えながらも、セオとリリアはギブが向かった方へ、心配そうに駆け出した。
その姿を見て、アイゼンも衛兵たちにこの場の管理を頼んでから、セオたちの背中に続いていく。
「ギブ!」
「アインさん!」
地が割れ、砕け、ボロボロになった地面を駆けながら、セオたちはギブたちの下へとたどり着いた。
そこに広がる光景に、セオたちは目を見開き、思わず言葉を詰まらせた。
「やめろアイン! もう全部終わっただろうが?!」
「終わってなんかない‼」
ボロボロになったアインが、無抵抗のギブの顔を何度も殴り飛ばし、子どものようにギブへ詰め寄る姿がそこにあった。
もうアインに力は残っていない。
魔人の体は剥がれ、鉄仮面のような皮膚が剥がれ落ちて現れた人間だった時の顔がぐしゃぐしゃに歪んでいる。
執念だけが操り人形のように彼を動かし、糸の切れた人形のようにギブを襲っている。
「魔人の門は消えちゃいない‼ それを管理できる存在もない‼ この戦いが終わっただけだ‼ あの力を手にした者が、皆の命をゴミのように扱う世界は何一つ変わっちゃいない‼」
枯れた声で、血の混じった拳で何度もギブを殴りながら、アインは叫んだ。
「どこかで犠牲を払ってでも、誰かがそれを止めなきゃいけないんだ‼ 誰でもじゃない‼ 優しい誰かが‼ 痛みを知る誰かが‼ 世界の上に立って、皆を止めなきゃいけないんだ‼ じゃなきゃ——」
原型が歪むほど歪んだ拳で、アインは力強くギブに殴りかかった。
「未来永劫‼ この世界に生きる人たちは皆‼ 世界にとっての『贄』じゃないのか?!」
「いい加減にしろアイン!」
止まらないアインに、一発だけギブが殴り返した。
アインがみっともなく土にまみれながら地面を転がった。
気が付けば、セオたちの後を追ってきた者たちが、一様にそのやり取りを見守っていた。
セオも、リリアも、アイゼンも、衛兵たちも、魔人達も。
アインの言葉を飲み込めず、かといって拒絶することもできず、言葉を失って呆然と眺めることしかできなかった。
転がったアインの前に、ギブが捨てた剣が映った。
それを反射で手に取り、
アインは崩れた雄たけびを上げながら、
「——う“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ”あ“あ”ぁ“‼」
ギブの胸に向かって、剣を突き刺そうと駆け出した。
そんなアインに、悲しそうに視線を落としてから、
「…………」
ギブは体から生成した剣で、静かにアインの胸を一突きにした。
アインの口から、黒い血が零れた。
目の光が消えていくアインに、声を震わせながら、ギブが諭すように語り掛ける。
「なあアイン。お前の方が、リリアのことを愛していたかもしれないけどさ——」
人間だった頃の光が戻ったアインの瞳が、ギブに向かって小さく流れた。
「——俺の方が、リリアのことを大切にしていたよ」
「……そう、か」
真っ黒だった視界が戻り、鮮明になった視界には、涙をぼろぼろと流す父と、恋人の姿が映っていた。
濁って見えていた世界が、白い光に包まれていた。
自分を思って涙を流す者たちと、辛そうに手を震わせ、剣を握る魔人に向かって、アインは最後に、優しく微笑んだ。
「……僕の、負けだ」
力の抜けたアインの体から、ギブが優しく剣を抜き取った。
アインの死に顔は、今までの争いとは嘘みたいに穏やかな表情だった。
彼の思いを振り払って、この場に立つことを選んだのは自分たちだ。
だが、この場にいる誰もが、アインの思いを否定できず、傷のように胸に刻み込んだ。
「……なあ、王様君」
静まり返った空気の中、ギブが背を向けたまま、不意にアイゼンに声をかけた。
「ここにいる皆が頑張ったらさ、下流とか、上流とか、贄とか、魔人とか、関係なしに、皆がケーキを食える世の中、作れると思う?」
ギブの問いにアイゼンは呆然と目を見開いてから、力強く目に溜まった涙をぬぐい、改まった顔で宣言した。
「必ず‼ 実現させる‼」
「そっか」
それを聞いたギブが、安心したような、覚悟を決めたような声を漏らし、セオに向かって向かい直った。
「セオ。俺が、皆を守るよ。だから——」
優しい笑みを見せるギブに、セオが困惑した顔になる。
きっと、言葉にできないだけで、セオに自分の気持ちはこの瞬間に伝わったのだろう。
そんな相棒に笑いなおして、ギブは小さく声を詰まらせてから告げた。
「お前はここに残って、ケーキが食える国を作ってくれ」




