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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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『尊厳』

「……剣の振るい方は、教わっていないんだろう?」


 静かに、冷たい足取りで迫りくる蒼い魔人。

 アインが放つ冷たい殺気に、セオの手から剣が零れそうになるも、堪えて剣の柄を握り直す。

 歩みを止めないアインに、セオは大きく息を吸ってから、


「うあああああああああああ‼」


 アインに向かって剣を振り下ろした。

 今度はポーズじゃない。最後まで力がこもった一撃。

 だが、


「ぐえ——っ?!」


 所詮非力な少年の一撃。

 『万』の魔人にとって、羽虫の一撃にも及ばない。

 あっけなく躱され、カウンター気味に腹を足でけり飛ばされる。

 剣を溢しながら地面を転がるセオに、アインが少し苛立ったような声になった。


「昔の僕を見ているようだ。……気持ちだけで、力の伴わない、空っぽの理想を掲げる、非力な存在の」


 苦しみながら、剣に手を伸ばすセオの体を、上から潰れない程度に足を乗せ、ぐりぐりと体を踏みにじった。


「やめろ……アイン……‼」


 ギブの言葉で、アインは足を動かすのを止めた。


 体を抑えつけられながらも、零れた剣に手を伸ばすセオに、「セオもだ」とギブが呼びかける。




「もういいよ。……ありがとう。これ以上、無駄なことに頑張らなくていい。……俺なんかの為に無茶すんな」


 アインには絶対に勝てない。

 セオが命をかけようとしているものに価値はない。


 ギブがセオを説得しにかかるが、セオは剣を手に取った。


「……やだ」


 起き上がって立とうとするセオの体を、アインが再び強く抑えつける。

 ミシミシとセオの体が悲鳴を上げる。


「やめろ‼」

「嫌だ‼」


 アインとセオ、二人を制すように叫んだギブを、さらに強くセオが遮る。


「君のその行動に、意味はある?」


 アインがセオに問いかけると、セオは腕を使って強引に体を起こそうとしながらも、怒りと恐怖が籠った声でアインに問い直した。


「さっきから聞いてりゃ、『意味』ってなんだよ……?!」


 その問いに、アインの足から少しだけ力が抜けた。

 その瞬間を見逃さず、セオは横に転がりながら立ちあがり、痰の混じった咳をしながら、ギブとアインの前に再び割って入る。


「『意味』があったら、ギブや皆は傷ついていいのかよ……‼」


 セオの強い言葉に、アインの体が小さく揺らぐ。


「国のシステムとか、消去法とか。ギブや、僕が、贄になる理由はあったのかもしれない……。だけど、僕たちが贄でなきゃいけない『意味』なんてどこにだって存在しないじゃないか……」


 のどに詰まった痰を吐き捨てて、セオの叫びが辺りに響き渡る。


「意味のない暴力に殴り返すことに、『意味』なんて生まれるわけないじゃないか‼ そんなもんを‼ ギブに‼ ギブのやったことに勝手に結びつけんな‼」


 怒り、悲しみ。

 そして、願い。

 全てが強く重なったセオの叫びが、アインを、リリアを、そして、ギブを強く震わせる。


「意味なく抗って何が悪いんだ‼ 何に生まれたって、何になったって‼ 自分を大切にして何が悪いんだ‼ ギブがギブを‼ 守るために戦うことの何が悪いんだ‼ 答えてみろよ?!」


 セオが声を震わせながらアインへ駆け出し、もう一度剣を強く振るう。


「——っ‼」

「……っ‼」


 振るった剣を、アインは右手ではじき返した。

 体に傷はつかなかった。それでもアインは傷ついたように見えた。

 再び剣を落としながら、ギブの前に転がるセオ。




「……前に、教えてくれたじゃないか。『何かがあったときに、戦う準備とやり返す覚悟をもっておけば、理不尽からは守られる』って」




 ギブが自分に剣をくれたとき、握らせた意味をずっと考えてきた。

 あのときは『自分の身ぐらい自分で守れ』という、ある種の放任のような、役割分担のような意味合いぐらいに捉えてきた。

 だけど、その後ギブは自分に一度だって、剣で何かを傷つける機会を作ってはくれなかった。


「言葉ばっかりでごめん。弱っちくてごめん。……僕じゃ、ギブを、守れない。ギブは、ギブにしか守れない」


 本人は言葉にできないだろうが、あの時剣を渡したのは、自分を守る覚悟と勇気を形にして渡してくれたのだろう。

 何かが起こったとき、何かが自分に襲い掛かったときに、自然とギブが渡した剣を構えた。


 弱い自分では抗えなかったけど、いつも胸に、自分を守るための決意を、剣は確かに渡してくれた。


「ねえ、ギブ——」


 生きる覚悟をくれた剣を拾いなおし、ギブに向かって差し出した。


「——これは、理不尽じゃないのかよ」


 剣を差し出され、ギブを縛る糸が小さく震え出した。 

 ひびの入った魔人の体に血が流れるように、紅い光が脈を打ち始める。

 少しずつ再生していく魔人の体。

 形を取り戻していく紅い魔人の胸を突き破るように、セオは大きく、空に向かって叫んだ。






「戦えーーーーー————っ‼‼」






 セオの叫びに呼応するように、魔人の体が姿を取り戻し、自分を縛っていた糸を強引にちぎり飛ばす。

 ギブが解放された瞬間、アインが慌てて糸を飛ばしなおすが、剣を受け取ったギブが糸を力強く切り飛ばした。


 地面に手を触れ、地形が隆起し、拳となってアインを襲う。


 流星のように雪崩来る拳に吹き飛ばされ、アインは城壁の方へ大きくのけぞった。


「……セオ」


 土煙の奥に消えたアインを警戒しながら、ギブはセオの目線に顔を寄せ、小さく弱弱しい声で語り掛ける。


「大切にされる資格のこと、リリアせんせー曰く、『尊厳』って言うらしいぜ……?」


 ギブがセオの頭に手を置いた。

 あやすのでなく、寄りかかるように、ギブは温かいセオの頭に手を当てながら、問う。






「それはさぁ、…………俺にもある?」


 ギブの問いに、セオの目からボロボロと涙がこぼれ始めた。

 なんで同じ天秤にかけたときに、ギブの皿が持ち上がるのか。

 その答えが、形となってはっきりと鮮明に浮かび上がった。


「……あるよ」


 行き先を曇らせ続けた、心の楔。


 その楔を引きちぎるように、セオは力強く返す。


「あるに、決まってるだろ‼」

「……そっか」


 セオの答えに、ギブが笑った。

 今までの笑みが作りものだったと思えるほど、安堵と、嬉しさがにじみ出た声だった。


 セオの頭を優しくなでて、ギブはゆっくりと立ち上がる。


「そっか……!」


 ふらふらとした、地についているのに宙に浮いた足取りは消えていた。


 土煙から顔を出すアインからセオを守るように、ギブは前に立ち、




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」




 歓喜と生気に満ちた声を上げ、世界に雄たけびを響かせる。


 贄として生まれた少年が、初めて世界に刻み込んだ産声だった。


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