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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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俺は『贄』だ。

 

「——っ‼」


 腹を貫かれ悶絶するギブを、アインはすかさず糸で絡めとり、リリアと同じように磔にする。

 ギブが欠損個所を再生させようとするが、すかさず四肢を切り飛ばし、再生を止めるまで切り刻んだ。




「……」


 何度も切り飛ばしているうちに、ギブの方にも力がなくなり、ギブは未完全に再生された腕を生やしたまま、ぐったりと磔のまま動かなくなってしまった。


「ギブ……」


 動かないギブを見てリリアが涙を流すも、自分ではもうアインを止めることはできない。


「……行こうか」


 アインはリリアとギブを連れ、門の方へと向かう大軍に合流しようと歩き出した。


 大軍は街の中を糸で引きずられるように歩いていた。街の建物の中に人はいるが、窓の隙間から大軍が門へと歩く様子を、隠れるようにして眺めていた。

 レリンガルドの城の前に辿り着き、門の前へ連れてきた衛兵を運ぶ。


 アインが手をかざすと、『万』の門から不気味な風が外へ吹き込み、人の肌を舌で舐めるように撫でていった。

 試しに糸を中の祭壇へと伸ばすが、門を境に糸が切れてしまう。魔人は門の中には入れない。それは能力にも適応されるらしい。


「——ぐあああ?!」


 アインは少し考えた後、連れてきた衛兵の四肢を折り、身動きを取れなくしてから、門の中の祭壇へと投げ込んだ。

 投げ入れられた衛兵が祭壇に転がり込んで、痛みのあまりに、その場で動かせない四肢でのたうち回った。


「これを1万回は面倒だな……。レリンガルドの衛兵たちにお願いしようか」


 城壁の上から武器を手に自分を見下ろす衛兵たちに視線を投げる。

 衛兵たちも武器を構えなおすが、抵抗の意思は感じられない。

 アインの側で宙づりにされるギブの姿が、無駄な犠牲を生むだけだと物語っている。


 衛兵たちを一瞥してから、アインは最後に、宙づりにされるギブに向かい直った。


「ねえギブ。最後の頼みだ。……僕と一緒に、新しい世界を作ってくれないかい?」



 

 王としてではなく、友人として頼むような声色だった。

 そんな声色のアインに、ギブは返答として、黒い血の混じった唾をアインの顔に吹きかける。


「君なら、僕の気持ちを分かってくれると信じているんだけどな」

「……贄を嫌っているのに、他人を贄にできてしまう奴の気持ちなんか分かんねえ」

「いいや、君ならわかるはずだ。だって君は、『殴られたら殴り返す』人だったんだろう?」


 アインの返した言葉に、ギブの体がピクリと動く。




「君がそうしたのは、他人に『同じ痛みを共有してほしかった』からじゃないのかい」


 その言葉を聞いて、ギブはうなだれてから自問自答の海に溺れた。

 生まれてから今まで、なんとなしに身に着けてしまった行動心理。


 今まで、自分から喧嘩を吹っ掛けたことはない。

 ハイエナに鉱石を奪われそうになったときも。

 魔人の門で贄にされそうになったときも。

 魔人になってから、門の前で、他国の軍の前に立ちはだかったときも。

 贄の村で、セオたちが襲われそうになったときも。

 ナギがバイソンに襲われたときも。

 レリンガルドでリリアたちが贄にされそうになったときも。


 相手の殺意や暴力に呼応して、ギブは拳や力を振るってきた。


 たぶん自分は、『同じ痛みを共有してほしかった』から、暴力に暴力で抗ってきたわけじゃない。分かり合えないやつとはとことん分かり合えないし、そんな奴らに自分の気持ちなんか理解してもらおうと思ったことはない。

 だとしたら、自分は何のために戦ってきたのか、理不尽に抗ってきたのか。


 ほんとは喧嘩なんかしたくなかった。

 疲れるだけだし、偶に痛いし。ムカつく奴らを懲らしめてスカッとしたことはあれど、あとは空しいだけ。

 でも、喧嘩をしなければ守れないものが多すぎた。魔人になってからは特にそうだ。


 今思えば、一人の時、なんで自分は戦っていたのだろう。

 誰かを贄にする軍や魔人の前に立って、何で門を狙う邪魔をし続けたのだろう。

 分かっている。彼らへの否定だ。他人を贄にできる存在の否定。

 否定することで、自分の何かを守りたかったのは確かだ。


 今まで生きていた中で浮かんできた、無数のやりたくない選択肢。

 その選択肢の中に、自分の『死』は確かにあった。


 夢はもう叶わない。望み通りには生きられない。


 そう思って死の淵に立った時に、自分の中の何かが、『死』を選ぶ邪魔をし続けた。


 結局自分は、今もその何かを探している。

 行きたくない場所は分かっているのに、行きたい場所が分からない。行きたかった場所はきっとその『何か』だ。


 だけど、ずっとセオに行き先を投げ続けてきた。自分を導くようにお願いし続けてきた。


 ああ、そうか。


 わかってたんだ。その『何か』なんて自分にはなかったんだって。

 セオやリリアが持っていたそれに、自分も便乗したかっただけなんだって。




「……アイン」




 結局、自分は醜く生に縋っていただけだ。

 生まれたときから大切にされることなんて許されちゃいない。




「……俺は、『贄』だ。……好きにしろ」




 贄として生まれたからには、きっと魔人になっても、何かの贄。

 セオが生きるための、リリアが生きるための、アインの言う『優しい世界』のための。


 自分を差し出して、他の誰かが生きるための。


「……分かった。……共に行こう、ギブ」


 体から力が抜けていく。心が空になっていく。 

 抜け殻になったギブに、悲しそうにアインは視線を送った後、背後で自分たちを見下ろす衛兵たちに呼びかけた。




「門に、贄を捧げよ‼」




 衛兵たちの背後に垂れてくる魔人の糸。

 結果は変わらない。自分の意思で動くか、糸に操られて動くか。

 レリンガルドの衛兵の一人が、無理やり動かされて、もう動けない、息をしているだけの衛兵のもとへ歩き出した。


 皆、その後に続くように、諦めた表情で動き出す。


 繋がれていようが、いまいが、見えない糸が彼らを動かす。


 死んだように、連れてきた『贄』たちを運び出す衛兵たち。


 その間を縫って、剣を両手にギブとアインの間に割って入る小さな影があった。


「……ギブを、返せ」


 ギブから受け取った剣を手に、アインに向かって対峙するセオ。

 その姿を見て、アインは小さく呆れた息を吐いたのだった。


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