世界に捧げる『贄』
「ねえ、まって。……アイン、さん。まって」
震えるリリアの膝を抱え、アインは姫を抱き上げるように、リリアを持ち上げて自分の目線に合わせた。
「なんで、魔人になったの……? 優しいあなたが、なん、で」
「……優しさだけでは、何も守れなかったからだ」
壊れていくリリアに、アインが慰めるように続けた。
「この前の件で身にしみてわかった。ギブみたいに大きな力を持たなければ、どんなに正しい夢や願いも、空想で終わってしまうって。この力は、人の為、世界の為。正しく扱える人物が授からなければいけないんだ。だから——」
アインが『万』の門の方角に視線を向けてから告げる。
「君がもう一人の『万』の魔人になるんだ。リリア」
アインの言葉に、リリアが言葉を失って真っ白になった。
自分が、魔人に。
蘇る儀式の記憶。生も死も超えた尊厳を奪った、あのおぞましい儀式。
混乱と絶望の底へ沈んでいくリリアの代わりに声を上げたのはセオだった。
「ふざけるな?! そんなこと望んでいないのは、アインさんが一番分かってるだろ?!」
「だからこそだ。そんな彼女だから、新しい世界を背負わなければならないんだ」
「……?!」
「セオ君。君はこの力を、贄にされる恐怖を。それに共感する心も持たない人間に渡せるのかい?」
アインの言葉に、セオはわなわなと口を震わせることしかできなかった。
「贄にされる辛さを知り、その辛さに寄り添える彼女だからこそ、この力を授かるべきなんだ」
「そんなの勝手だ……! それに、1万人の贄はどうするつもりだよ……?! 誰かを犠牲にする以上、リリアさんは救われないだろ?!」
「門を巡って戦争を行ってきた国の衛兵、王族たちを連れてきた。彼らが下流にした行いを、彼ら自身に味わってもらう」
「立場が変わっただけで、やってることは一緒じゃないか?!」
「そうだね。だけど、こうは考えられないか」
食い下がるセオに、アインが低い声になって続ける。
「同じ痛みを共有するんだ。同じ痛みを知れば、そこで生まれる恐怖や絶望は、優しい世界に捧げる『贄』になる」
アインが望むのは、世界の『型』そのものの打ち直し。
セオは去ろうとするアインの前に立って、剣を構えることしかできなかった。
「……ギブから剣の振るい方は教わったのかい?」
そう尋ねてから、アインはセオの横を何事もなかったかのように通り過ぎた。
今度は剣を振ることすらできなかった。
「……やだ。ねえ、アインさん。やだ……」
リリアの拒絶を拒否して、アインは門の方へと歩く。
「止まって。ねえ、お願い。優しいアインさんに戻って……?」
涙ながらの説得にも、アインは応じることなく歩き続けた。
引きはがそうにも、強く冷たい魔人の手は、リリアを話そうとしてくれない。
アインが自分を捧げたように、
自分もまた、優しい世界の為の『贄』。
「止まって……‼ お願い‼ アインさん‼」
リリアの強い叫びに、アインがふと足を止めた。
しかし、それはリリアの叫びに応じたからではない。
「しょーもねえもんになっちまったなあ。アイン」
視線の先には、この世界に初めて現れた、『万』の魔人。
リリアを抱きかかえる魔人の顔を見て、その紅い魔人は重い息を吐いた。
「皆でケーキ食えなくなったけど、いいの?」
「僕たち以外は存分に味わえる世界になるよ」
アインの返答に、ギブの体から殺気が膨れ上がった。
その殺気にぶつけるように、アインも体から威圧感を放ち、ぶつかり合った圧が風となって空気を揺らす。
二人の圧が天まで届き、黒く曇った空を二分にするように、真っ二つのひびを入れるのだった。




