無数の望まない選択肢
リリアが自分の部屋に戻るのを見届けてから、ギブは自分の部屋に戻った。
「どこいってたの……?」
部屋に戻ると、目覚めた子どもたちが、不安と安心、寂しさと怒りが混ざったような目でギブを見つめてきた。
どうやら全員起きてしまったらしい。
「……しょんべん」
「「「「「…………」」」」」
「……嘘。大便」
「そもそも排泄しないんでしょ。魔人は」
あまりに下手糞な嘘に、見ていられなかったセオがとどめを刺した。
「ちょっと出かけてた。ごめんな」
求められているのは説明ではなく、謝罪である。
そう思ったギブが頭を下げると、子どもたちがギブの手を引っ張って布団に誘った。
ギブを中心にした雑魚寝の再開である。
子どもたちが再び静かな寝息を立て始めたのを見てから、ギブが寝たふりをしているセオに語り掛ける。
「……なあセオ。俺、どうすれば王様君と話し合いできたと思う?」
「……あの状況じゃ無理だよ。ギブが出かけている隙を見て来たんだろうし、何があっても、『万』の門を使うつもりだったんでしょ」
ギブはセオの話を黙って聞いた。「だよなあ」みたいな相槌を打たないのは、セオの言葉に納得していないからではないように感じた。
「こういう言い方したら、ダメだけどさ。アイゼンさんは良い人かもしれないけど……自分から魔人になった人だろ。……いざとなったら、ああいう手段を取る人だ」
アイン曰く、同意を得たとはいえ、国民から生贄を募り、『千』の魔人となって国を守ってきた人物。
多くの人を救ったとは言えども、その英雄譚は最低でも千人の屍を土台に築き上げられたものだ。
国を守るのに『千』の門の力では足りなくなったら。
考えれば誰でもわかる話だった。
「……俺はさ、『万』の魔人じゃん」
セオが固く口をつぐんだ。
この言い方をすれば、この話題になるかもしれないとは思っていた。
「王様君みたいにさ、必要だったから魔人になったわけじゃなくて、死ぬか、魔人になるしかなくてなったじゃん」
「自分から魔人になったわけじゃないだろ」
「死ぬという選択肢はあった」
「ギブ」
それ以上進んでも、ギブを救う答えはない。
引き留めたセオに、ギブはその先を切り出すのを止めたが、
「俺、なんであの時魔人になったんだろ」
ああ、そうか。
何となくで理解していたギブという人物の核が、一部だけ、それでも確かに鮮明になって、セオが辛そうに眉をしかめた。
魔人になったギブの前に存在する無数の選択肢。
人を救うか、見捨てるか。魔人を殺すか、許すか。
元贄として、贄たちの居場所を作って、迫害される者たちの英雄になるか。
王族たちにとって都合の良い、上流や下流といった階級制度に反逆するテロリストになるか。
もちろん、何にも関わらず、一人世界を当てもなくさまよう選択肢もある。
でも、その無数の選択肢は何一つとして、ギブにとってやりたいことではないのだろう。
理由は分かっている。
ギブの夢は贄でも魔人でもなく、『人間』になることだったからだ。
行く先の分からないギブへ、『おっちゃん』という恩人が残した『やりたいことリスト』。
その全てが、人間になったときにやれること、やりたかったことなのだ。
フライドチキンはもう食べられない。
丈夫すぎる体は眠る快楽を必要としていないし、風呂に入る心地よさも与えてくれない。
便利すぎる異能は、何かを苦労して生み出す達成感を奪う。
それでも、旅はできた。友達もできた。授業を受けて、サボれた。花に水を与えた。ケーキを食感だけでも楽しんだ。
楽しかったことは確かにある。
だが、その楽しさには、常に『1万人を犠牲に生き延びた』事実が影を刺す。
優しい人や、綺麗なままでいようと頑張る者たちの側にいるほど、足の裏を支える1万人の屍が、地底の底へと体を引きずりこんでくる。
『千』の魔人は1000人を犠牲にした人間の成れの果て。
そんな魔人を10人殺そうが、100人殺そうが、『万』の魔人の穢れは消えない。
何人贄を救おうが、穢れは消えない。
旅も、友達も、授業も、サボりも、花も、ケーキも。人間のままなら心の底から楽しめた。
だけど、その願いは叶わない。
贄の時から変わらない心だけが、夢を足かせのように引きずっている。
魔人になった今ではもう。人間の夢は叶わない。
きっとギブの夢は、もう何一つ望んだ形で叶うことはないのだろう。
何も叶えられない世界で、何を支えに立っていけばいい。
何を支えに、生きていけばいい。
そんな問いが、不老不死の体に宿った心に、今までも、これから先の悠久も。
生き続ける限り、存在し続ける。
「……気休めにもならないかもしれないけどさ」
ギブを救う答えは、今の自分にはない。
そもそも、この世のどこにも存在しないかもしれない。
それでも、ただ一つ、確かなことは、
「おっちゃんって人はさ、ギブに魔人になってでも、生きて欲しかったんだと思う」
そう呟いたセオに、ギブが小さく顔を向けた。
「僕も、そうだから」
「……」
ギブが零した疑問の答えにはなっていない。
わかっている。回答から逃げた。
それを自覚しているセオは、布団を深くかぶって顔を隠した。
「……そっか」
その言葉に少し救われた思いと、救われていいのかという思い。
心に渦巻く温かさと気持ち悪さに、ギブは黙って天井のシミを眺めていた。
そんな中、窓の外で黒い霧を纏った風が舞った。
「——っ?!」
窓の外に現れた陰に、セオが飛び起きようとするのをギブが手で制す。
「……せっかく皆寝たんだ。要件は静かに頼むぜ、王様君」
「あいわかった」
黒い風が木造の建物の隙間から入り込み、内側から窓の鍵を開ける。
静かに舞い降りた『千』の魔人に、ギブとセオは寝静まる子どもたちに囲まれながら、静かに向かい直るのだった。




