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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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じゃんけんの授業

「え……? 『じゃんけん』? ねえギブ、どういう」

「せんせーを呼び捨てにしない」

「……ギブ、先生。どういうこと、ですか?」


 自然と役にはまって敬語を使うリリアに、ギブが可笑しそうに喉を鳴らした。


「リリアのは例外だったけど、じゃんけんに勝てば、ちょっとだけ良い思いできるのが世の中の常だ。じゃんけんについて勉強するのは国語や算数と同じくらい大事だぜ」

「……」


 ふざけているのか真剣なのか分からない。

 突然ギブのペースになるが、悪意のようなものは感じない。

 とりあえず今は聞いた方が良いと、リリアはギブに流れを預けた。


「まずはリリア君の実力を見てやろう。最初はグーで始めるぜ」


 グーを作るという行為に、強い忌避感を覚えたが、リリアが身をこわばらせているうちに、「最初はグー‼」とギブが元気よく拳を振りかぶる。

 慌てて拳が作れない手を、少し遅れて振りかぶった。


「じゃんけん、ポーン!」


 ギブの明るい声が教室に響いた。

 ワンテンポ遅れたリズムはギブの方から合わせてくれた。

 開いたままの手に、ギブが繰り出したのは、


「イエーイ! はい俺の勝ちー! 勝率1割未満の俺に勝てないんだから、リリア君じゃんけん糞雑魚じゃなーい?」


 繰り出したチョキをそのまま勝利のピースとして突きつけ、舌を出して楽しそうに煽るギブに、リリアが顔を真っ赤にして食い掛った。


「もう! 人が真剣に悩んでるときにふざけないで!」

「お、怒る元気はあったみたいだな。失敬失敬」


 ギブが嬉しそうにガハハと笑うと、リリアも自分から出た大きな声に驚いて、慌てて口に手を当てた。


「せんせーがこの授業でリリアに教えたいことは二つ!」 


 怒りで逆に晴れた思考。

 目に少しだけ光が戻ったリリアに、ギブがチョキ、もとい2本指を突き立てた手を突きつける。


「まず一つ目。リリアはじゃんけん糞雑魚ということだ! 雑魚の俺に負けるんだから、雑魚オブ雑魚で間違いない!」

「だから、それが何の話なのか——」

「あの日勝てたのは、運が良かっただけだよ」


 添えられた穏やかな言葉に、リリアが身を固まらせた。

 固まった体の内側に、何か温かい雫が落ちて、波紋を広げていく感覚がした。


 唖然と動かなくなったリリアの額に、ギブは手を近づけて、


「——っ痛ぁ?!」


 力を調整してデコピンを食らわせた。

 加減をしたとはいえ魔人のデコピンだ。今まで食らったデコピンの中で一番の威力だった。


「痛い?」

「当たり前でしょ?!」

「だよなあ。でも、リリアは生きてる」


 ギブの言葉に、デコピンを食らった箇所が赤くなり、痛みがじんじんと額の周辺へと広がっていく。


「二つ目。じゃんけんで負けても人は死なねえ」


 景気よく見せた白い歯に、リリアの目からボロボロと涙がこぼれだした。

 痛みが熱となって体を駆け巡り、胸の中に小さな灯がともる。


「う……、う“う”ああああああ」


 リリアはあふれ出る熱を抑えきれずにギブに抱き着いた。

 今まで子どもたちに抱き着かれたり、アインに体温を重ねられてたりして安堵したのは、冷たい自分の体に熱が移る気持ちになれたからだ。

 生きる理由が見つからない自分に、熱を分けてもらえる気がしたからだ。


「……あああああああ‼ あああああああ‼」


 でも、今体を重ねている魔人の体は鉄のように固く、冷たい。

 それでも体が温かくなるのは、今体に熱があるからだ。

 今度の熱は、自分の体から湧いてきた。


 この世に初めて生を受けた、赤子のような力強い鳴き声が、教室に響き渡った。

 暗い雲の隙間から差し込んだ光が教室の天窓から流れ込んで、リリアの体を優しく包む。

 光の当たらないギブは抱き着くリリアを慰めることも、抱きしめ返すこともなく、リリアが吐き出し終えるまで何もせずに、温かい体を受け入れた。


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