リリアの過去③
「なん、で」
女は壊れた声でリリアを見つめた。
その問いに呆然と口を開けるばかりのリリアに、女の理性が音を立てて切れて、怒りのままにリリアに向かって掴みかかる。
「なん、……なんで?! なんでグー出した?! グーが出せないんじゃなかったの?!」
「おいやめろ⁉」
「さっきまで生きるの諦めた顔してたくせに、土壇場で手え変えんなクソ野郎‼」
「一人手を貸せ! こいつを押さえろ! 他の奴は箱を何とかして開けるんだ!」
首謀者の男が手錠の鎖を女の首に回した。
狭い空間で暴れようとする女を、別の者が上からのしかかる形で抑え込む。
「やだああああ‼ 死にたくない‼ あんたが死ねよおおおおお‼ やだあああああ‼」
鎖と喉の間に手を挟んでくる女から、首謀者の男が苦し気に目をそらした。
他の者はその光景から耳を塞ぐように、自分たちを閉じ込める蓋に向かって、足を使って何度も衝撃を加える。
自分を睨むのを止め、涙と鼻水で汚れた顔で、女は唯々必死に叫んだ。
「やだあああああ‼ 死にたくない‼ いやああああああああ‼」
のどから手を引きはがした瞬間、首謀者の男が腕に力を籠めて女を絞殺する。
あらぬ方向に首が混ざり、顔の隙間から血を吹いて倒れる女。
一瞬の静寂が訪れると、その瞬間に鍵が壊れ、箱の中に光が差し込んだ。
「鍵が開いたぞ!」
狭い箱の中から出ると、そこには自分たちの入っていた箱と同じような箱が、棺桶のように台座の上に敷き詰められていた。
半分ほどの箱は開き、中は空になっている。
台座の外には贄たちが身に着けていたであろう、衣類や手錠が無造作に捨てられていた。着ていた者たちは中断前に、杯の中に消えて行ってしまったようだ。
「すぐに身を隠せ。まもなく衛兵が来る。不意打ちできるように準備するんだ」
首謀者の男の指示に従い、皆が箱の裏などの身を隠せそうな場所に移動する。
「……」
「お前も! 早く!」
箱の中から動かず、呆然と死体を眺めるリリアを、首謀者の男が引っ張って立たせた。
「いいか。誰かが中に入ってきたら、武器を持っている方を先に襲うんだ。合図で一斉にだ!」
首謀者の男が叫んだ。
皆身を隠している為、頷いているかは分からない。
リリアは衣類と手錠の山の中に身を潜めた。皆と遠く離れた位置になってしまったが、文句が出ない当たり戦力として期待されていない。
皆が隠れ終えたところで、門がゆっくりと開き始めた。
入ってきたのは二人。
機関銃を持った、王族と思われる男と、台座を確認するための丸腰の衛兵。
衛兵が入り口の死角を丁寧にクリアリングしてから、銃を持った男を招き入れる。
衛兵が台座に近づき、周囲を捜索し始めた。
箱が並んで死角が多い。不意打ちをするには絶好の場所だ。
だが、
「……!」
肝心の銃を持った王族が、台座と入口の死角を一望できる、開けた場所から動かない。
銃を構えたまま辺りを警戒し、衛兵の視線とは違うところを警戒している。
隠れていた男の元に、衛兵がじわじわと近づいてきた。
こいつには不意打ちが決まる。しかし、その先がない。
伏せていた男の視界に、衛兵の足が映ったとき、
「うおおおおおおおお!」
覚悟を決めた、あるいはやけくそになった男が衛兵に向かってとびかかった。
完全に不意を突いた形だ。衛兵が驚きのあまり目を開くが、
「っが?!」
反射で衛兵は男を躱し、その身柄を取り押さえてしまった。
丸腰とはいえ訓練を受けた兵士だ。不意は突けども辺りは警戒している。そう簡単に無力化できる相手ではない。
作戦の破綻がほぼほぼ確定した瞬間、首謀者の男が「銃の方だ‼」と叫び、リリアを除いた皆が飛び出し、王族の方へと駆けていく。
僅かでも可能性があるとすればこの瞬間だけだ。意識が衛兵たちの方へと向いた瞬間が、最後のチャンスと思ったのだろう。
だが、現実は甘くない。
開いた距離は、一瞬では詰まらない。
一瞬の隙を詰めれるほど、皆足は速くない。それこそ歴史の授業で習った『白い悪魔』でもないのだから。
的が並んで飛び出てきただけだった。
王族は冷静に皆に銃弾を浴びせ、瞬く間に無力化してしまった。
その光景を衣類の隙間から眺めていたリリアは、顔をうずめ、真っ暗な世界で唯々息を殺して隠れた。
撃たれて動けなくなった者たちの様子を衛兵に確認させ、「まだ息はあるな」と呟いてから、用意していた予備の贄と一緒に台座の上に捧げられた。
贄に捧げられる瞬間、リリアが隠れる衣類の山を見て恨み言のように何かをこぼしたが、肺に溜まった血で声が濁り、言葉にはできなかった。
儀式は完了し、王族は血を浴びて『千』の魔人になった。
儀式の完了で門が消え、王族が率いる衛兵隊は門があった場所から撤収した。
門があった場所には、儀式に使われた空の木箱や、贄たちが身に着けていた衣類だけが取り残されていた。
人の気配がなくなったころ、リリアは衣類の中から這うようにして身を出すと、冷たい風と埃が舞うだけの草原の中、空ろな様子で、家がある方へと歩き出した。




