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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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リリアの過去②

 

「それって、歴史上最悪のテロリストの話じゃない……! あたしらに犯罪者と同じ真似をしろって言うの……?!」

「犯罪者になるか、死体になるのどっちがましだ?」

「それは……」


 問い返され、女は言葉を失った。

 それと入れ替わるように、別の男が独り言のように呟いた。


「国に逆らえば家族も親戚も贄にされるって……」

「魔人になれば不老不死の肉体と、人知を超えた異能が手に入る。魔人になった奴が、ここにいる皆の家族を連れて逃げればいい」

「でも、そのテロリストが取った手段って……!」


 リリアがここで口をはさむと、「ああ……」と首謀者の男が目を伏せた。


「死人を出す。だから、儀式が始まり次第、外にいる誰かを殺して儀式を中断させる」


 全員の表情が青く染まった。


「何を、言って……」


 弱弱しく反対しようとしたところで、自分たちが入っている箱が大きく揺れた。

 どうやら何人かがかりで持ち上げてどこかに運ぼうとしているらしい。

 再び箱が床に置かれるまで、皆が反射的に息を殺す。


 隙間から差し込む光の質が変わった。

 柔らかく、淡い白い光。

 温かさは感じない。むしろ生き物の温度を奪うような冷たい印象のある、不気味な光だ。


 隙間から外をのぞくと、鈍い輝きを纏った巨大な黄金の杯が見えた。

 授業で習った、魔人の杯。

 どこに運ばれたのか理解したリリアの呼吸が少しずつ荒くなっていく。

 今自分は、杯の前に置かれた台座——神か悪魔か。得体のしれない存在の皿の上にいる。


「全員! 撤収せよ!」


 箱の外から大きな声が響き、沢山の足音がどこか遠く消えていく。

 大きな門が閉まる音が響き渡り、男が切羽詰まった表情で叫んだ。


「儀式が始まる! 箱の外に出るぞ!」


 男の掛け声と同時に、全員が天井を押し返す。

 だが蓋に鍵をかけられているのか、いくら衝撃を加えども箱は開かない。

 このまま続けていけば、鍵が壊れそうな気配もあるが——


「……儀式が! 始まった!」


 箱の隅にいた男が、隙間から外を見て絶望した。

 人を閉じ込めた箱がひとりでに開き、ガスで眠らされていた人間が宙に持ち上がって消えていく。


 その報告を聞いた首謀者の男が一瞬だけ息を詰まらせた後、叫んだ。


「じゃんけんだ!」









 ——は?


 何を言い出したのか分からず、皆が眉をしかめて口を開けた。

 固まった皆に、首謀者の男が焦りを顕に叫んだ。


「ここから一人、死人を出す‼ 勝った奴が生きられる! やるしかない!」

「ちょっと?! 冗談止めてよ?! そんな方法で生きるか死ぬかを決めるって言うの?!」

「他に方法がない‼ 時間もない‼ 従えないならそいつを殺す‼」


 鋭い剣幕で叫ばれ、皆が気圧されて声をひっこめた。


「二人一組、勝ち抜けだ! 最後まで残った奴を犠牲にする!」


 誰かが向かい合ったのを皮切りに、皆が適当なペアを作ってじゃんけんをし始めた。

 リリアの前に、震えた拳が付きだされた。

 目の前の男は息を粗くしながら、「最初はグー……!」 と拳を振りかぶった。


 一方的に開始され、リリアは頭が真っ白になった。

 みんな生きていたいのに、何でこんな方法に命をゆだねるの。


 確かに公平な手段だ。力自慢もそうで無い者も、公平に勝敗を決められる方法だ。

 だがそもそも、生きる理由なんて様々だ。

 優劣はない。

 天秤にかけてもどちらにも傾かない。

 同じ台の上には乗らない。


 だが、今この瞬間、ここにいる全員の命が同じ皿の上に乗っている。


 なんで、こんなことになっているの。


 最初はグー、で震えて拳を作れなかったリリアが真っ白な世界に漂っていた時だ。


「俺の勝ち……‼」

「——え?」


 気が付けばリリアの開いたままの手に、男がチョキを繰り出していた。


「次‼」

「え……?」

「最初はグー!」


 リリアの前に新しい拳が突きつけられた。

 相手の顔を確認する間もなく、じゃんけんは勝手に開始された。

 グーを作ろうと手を上げるが、震えて力が指に入らない。


 恐怖と混乱で意識がここにないリリアの表情を見た対面の者が、拳を作れない開いた手にチョキを繰り出した。


「最後‼」

「え、え……?」


 その時初めて、今自分の命が窮地に立たされていることを自覚した。

 意識を現実に戻すと、目の前にいたのは、同じマンションに住んでいる見知った顔の女性だった。


「なん、で、こんなこと……」

「……うるさい。黙ってやってよ」


 女は強張って汗がにじむ拳を、祈るようにもう片方の手で包んだ。

 たいしてリリアは手の震えが強くなり、まともに指を動かすことすら困難になった。


「最後の勝負だ……」


 準備が整わないリリアを見て、首謀者の男が仕切り出した。


「最初はグー……」


 相手の拳に、一つ遅れてリリアは右手を差し出した。

 強く固まったグーに対し、リリアの手は開いたままだった。

 相手の女は一瞬だけリリアの目を見た。光の灯っていない虚ろな目が、自分でもじゃんけんの行方でもない、どこか遠くを見つめていた。


 ——じゃん、


 リリアの頭の中に、走馬灯のように今まで生きた記憶が駆け巡っていた。

 物心ついてから、優しい両親に育てられ、

 多くの教え子たちから慕われる姿を見て、10歳くらいにはもう教師を目指すようになっていて。


 眠い目をこすって勉強した日々。

 模試で良い成績を残して一緒に喜んだ記憶。

 疲れたときに淹れてくれたお茶の温度。

 嬉しいことがあったときにお祝いに作ってくれた好物の味。




 ——けん、


 大切にしていた日々が、目の前の現実から引きはがすように、幸福で脳内を満たしていく。

 後ろに過ぎていく思い出に没頭していた時、


 嬉しい時でも、悲しい時でも、自分を優しく抱きしめてくれた両親の顔が目に浮かんだ。






 やだ。






 やだ。




 死にたくない。


 まだ生きていたい。


 生きていたい。







 ——ぽん










「……は?」

「——へ?」


 意識がそこで現実に戻り、引きつった表情で自分の右手を見つめる女の視線に気が付いて、リリアは自分の右手に目線を落とした。


 無意識のうちに握ったぼやけた手の先に、女性が繰り出したチョキが鮮明に映し出されていた。



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