リリアの過去①
リリアはとある国の中流の生まれだった。
穏やかな性格の両親は二人とも国内でも著名な進学校教師をしており、人柄も良く、教育者としても優秀だった両親の元には、教え子たちが度々訪れ、仲睦まじげに会話をしていた。
人に好かれる両親の背を見て育ったためか、リリアの夢も自然と教師になることになっていた。
教師になるのを夢見て、勉学に励んでいたある日のことだった。
リリアの住む街のすぐ近くに『千』の門が現れた。
街が国境近くに位置していたこともあり、他の国が気付けば門を巡っての戦争になる。
他国に気付かれる前に、国は贄を用意し、新たな魔人を生み出す準備をし始めた。
リリアの国は『千』の魔人の数が少なく、もしも『万』の門が現れたときに、門を巡っての戦争で後れを取ってしまう状態だった。
だからこそ、他の国が『万』の門に備えて贄をストックしているうちに、ストックを吐いてでも魔人をそろえ、他国の戦力に並ぶことを優先していた。
だが、国はついこの前も『千』の門を使い、贄を消費した後だった。下流の数が足りていない。
肝心の贄がなければ門の力を得ることはできない。
下流から調達できなければどこから贄を確保するか。
次にターゲットになったのは中流だった。
ある日、家に帰ると、特に何でもない日なのにテーブルいっぱいにごちそうを広げて、自分を迎え入れてくる両親がいた。
「二人ともどうしたのこれ? 何かのお祝い? 全部私の好物だけど」
テーブルいっぱいのごちそうにリリアが目を輝かせたが、両親の反応はどこか暗いものだった。
少し張り切りすぎたと乾いた笑みを浮かべる母が、少しだけ気味悪く感じたが、訳を話したくないのかと判断したリリアは敢えて何も聞かずに、おなか一杯にごちそうを堪能した。
お腹を満たした後、父が淹れた茶を飲んだとき、リリアの意識は途切れることとなる。
再び目を覚ました時、リリアは両手に手錠をかけられ、箱の中に詰められていた。
「——。……? ……え? なに、これ」
線のような隙間からわずかな光が差し込むだけの暗闇の中。ゆっくりと目を開いて映ったのは。少し埃と土が被った木目調の床だった。
顔がじんじんと痛い。誰かに何度もぶたれたような痛みがぼんやりとした意識を不快に覚醒させていく。
顔を上げれば目前に迫った天井があった。距離の近い天井を見て、自分が箱か何かに詰められているのに気が付いた。
自分の置かれている状況に困惑している中、「起きたか」と背後から男の声がした。
「?! あなた、だ——」
「静かに……! 大きい声を出すと外の衛兵に気付かれる」
強引に口を押えられ、リリアは反射で言葉を飲み込んだ。いうことを聞いたというよりは、恐怖で委縮したというべきか。
口を押えられながらリリアが辺りを見ると、この男の他にも、6人の男女が切羽詰まった表情で口元に人差し指を立てている。
それを見たリリアが一先ず行動を合わせるべきなのは自分だと理解し、皆に向かって頷いた。
男と同じか、それよりも小さい声でリリアが尋ねた。
「あの……いったい何が起こってるんですか? 私、さっきまで家にいたんですけど……」
「……? 家の人たちから何も聞いてないのか?」
「私たち、今から贄にされるのよ」
「に、贄?!」
リリアが声を上げるよりも先に、再び男が口を押えた。
外では何かを大勢で運ぶ音、それを運ぶ衛兵たちの掛け声が多く聞こえてくる。幸いにも喧騒に紛れてリリアの声は聞こえなかったようだ。
困惑しながらも、リリアが声量を抑えて再び尋ねる。
「何で……? 私、中流の生まれです」
「ここにいる皆そう。贄の数が足りないから、中流の中から抽選で贄にするんだって。あたしの家にも、小切手と一緒に通達が来たの。……私の顔分かる? あんたと同じマンションの1階に住んでる」
「あ……はい」
ショートカットの茶髪の女が自分の顔を示すと、リリアも見知った顔だと思い出し頷いた。特に会話をするわけではないが、マンションですれ違えば会釈位はする仲だ。
見知った顔を見たからこそ、今自分が置かれている状況が現実なんだと、無意識に自覚してしまった。
「……あんた、良く寝てたよ。穏やかな顔で。あんたを思って両親が何も知らせなかったんだろうね。あたしの家は、全部伝えられたうえで職員がやってきて睡眠ガスかがされた。……逆らえば血族全員贄になるんだから、許せって」
暗闇の中女が毒づいた。表情は良く見えなかったが、ここにいない誰かを睨み殺さんばかりの目がリリアの胸を刺した。
「……で、あんた。人の顔叩いて皆起こして、これから何を話そうって言うの?」
どうやら顔の腫れは、目の前のガタイのいい男が皆を起こすため顔を叩いたのが原因らしい。体が大きい分、ガスの効きが弱かったのだろうか。
皆が狭い空間で体制を変えながら、男の方へと顔を向けた。
皆の顔を一瞥してから、その男は改まった様子で話し出した。
「初めに確認する。……このまま、贄にされたい奴はいるか?」
「いるわけないでしょ」
皆が一様に首を振る。それを確認した男が再び問いかけた。
「俺も別に、国のこと嫌いなわけじゃないけど、国家の養分みたいに命を扱われるのは嫌だ。抽選をかけられたのは中流だけだ。国民が贄になろうと、上流の奴らは安全圏から高みの見物だ」
「そういうのいいから。何が言いたいの」
「儀式を中断させる手段がある。成功すれば、ここにいる全員が生き残れる」
その言葉に箱の中にいた全員が息をのんだ。
皆が黙って顔を見合わせる中、女が「……とりあえず聞かせて」と続きを促した。
「歴史の授業で習ったろ。『万』の門を乗っ取った下流の話。そいつと同じ方法で儀式を乗っ取れば生き残れるかもしれない」




