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贄の王  作者: 糸音
第一章 贄と魔人の門

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出会いとじゃんけんと

 

 おっちゃんと少年が出会ったのは、1年ほど前のことだった。


 元中流だったおっちゃんは子どもが重犯罪を起こし、その刑罰の身代わりとなる形で下流に落とされることになった。

 馬鹿な子だったとはいえ愛した子どもだ。それに罪を犯す子に育ててしまったのは自分の責任だとも思った。

 この国には死刑はない。死刑はない代わりに下流に——すなわち贄にされる。


 子どもがそうなるのをほっとけなかったおっちゃんは、後のことを妻や親戚に託し、その責任を取る形で下流になった。


 下流になる意味は理解していた。

 中流では犯罪抑止のために、下流になるとどうなるかは子どものころから聞かされていたし、何よりも鉄格子に入れられ、何かの餌のように出荷される下流の人間はたびたび見てきた。


 そのため、ある種の地獄を想像していたものの、下流での生活は想像していたよりは悪くなかった。


 仕事は稼ぎの差はあれど、ある程度好きなものを選べたし、仕事以上に働けば金も手に入る。たまに地下に表れる行商人たちに交渉すれば、交渉次第で好きなものは手に入る(ある程度ぼったくられはするが)。

 けがや病気をすれば休みや薬を支給される。贄としての優先順位は上がってしまうが、真面目に働けば挽回できる。


 生きる分には苦労しない。そう思いながら皿洗いをしていた時だった。




「なあ。あんた元中流の人間なんだって?」




 皿を洗っている最中に、白い髪の少年がしたり顔で絡んできた。

 元中流ということもあって、自分のことを良く思わない下流がいるのも知っている。本を読んでいたら「本を読めるなんて生意気だ」と殴られることもあった。

 喧嘩は得意ではない。事を荒立てず、どう乗り切ろうか考え始めたときだ。




「俺に文字を教えてくれよ。他の連中から聞いたぜ? 本読めるんだろ?」




 その内容に、ある意味で予想を裏切られた。


 下流の人間は贄として管理されるために、教育の機会などは没収されている。そもそも文字に興味を持つものが稀だ。

 正直、目の前の少年は勉学が好きなようには見えない。


「なぜ文字を覚えたい?」

「よくわかんねーけど、中流のやつらは全員読めるんだろ。予習だよ」

「……話が読めない。わかるように話してくれ」

「オーナーとの約束でさ。一億稼いだら中流にしてもらえんだよ。あと3年ぐらい先のことだけど、できることはしておかないとな」


 おっちゃんは目を丸くしながら数回瞬きをした。

 文字を学びたい下流がいること。1億払えば中流になれるという話。何に驚いたと聞かれれば様々だが、特に驚いたのは、中流になることを夢見る者がいることだった。


「……お前、13番じゃねえか。そんだけ番号が若けりゃ贄にはならんだろ。中流になるよりも、ここで好きなもんを買って、贅沢して過ごせばいいんじゃねえのか?」

「贄にならねえってどういうこと?」


 不思議そうに首をかしげる少年に、やれやれとおっちゃんは首を振った。


「この国にはここと同じ規模——下流を約1000人収容できる収容所が10個ある。つまり1万人の贄のストックがあると考えていい。今までの事例からして、門にささげる贄の数は多くて1000。回収は各収容所から均等にされるから、お前さんの番号で命の心配をすることはないってことだ」

「メガネ君もそれいうけどさ。もしも贄が1万人必要な門が現れたらどうすんの?」


 少年の純粋な疑問に、おっちゃんは言葉を失った。


「それに、上の奴らがいつも均等に回収するとは限らないだろ。全部の収容所回るのだるくて、1か所で贄の回収を済ませるかもしれねえ」


 重ねられた言葉に、何も返すことができなかった。

 少年の言う通り、今までの例や、番号が大きい順に贄にされるというルールに従えば、自分は安全圏にいられる。贄にされることはないと思っていた。——いや、高をくくっていた。


 少年が付きつけたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 下流でいる限り、誰かの気まぐれで消費される『贄』なのだと。


 頬を打たれたような顔で、皿を洗う手を止めたおっちゃんに、少年が続けた。


「別にさ、そういうの責めてるわけじゃないんだ。『俺』が嫌って言うだけの話。メガネ君は俺の頑張りを無意味だって言うんだけどさ。『贄』でいる限り、何をやっても無意味になるんだと思うんだよなー」


 大げさな仕草で馬鹿っぽく話してはいるが、言葉は物事の芯をとらえ、誰よりも現実を冷静にとらえていた。

 それと同時に自分はマヒしていたと思い知らされた。思ったよりも地獄じゃなかったと安心して忘れてしまっていた。


 自分はもう人間じゃないことをだ。


「中流になれば番号じゃなくて名前ってやつで呼んでもらえる! 今より良い飯を食える! お日様の日差しで目を覚まして、シューキューフツカってやつで? 1週間の内2日は寝放題だ! 中流になれねえなら諦めるしかねえけど、そうじゃねえなら頑張らなきゃ損だ。俺は人間になる! ……つーわけで、文字を教えてくれよ」


 少年が片目を瞑って両手を合わせた。

 そのしぐさに、重罪を犯した息子が幼かったときのことを思い出して、思わず笑みを浮かべてしまった。


「……教えてやってもいいが、条件がある」

「条件? いいぜ。できることならなんでもやってやる」


 おっちゃんが不敵な笑みを見せると、少年も身を乗り出して乗ってきた。

 楽しそうに目を輝かせた少年に、自分が洗うはずだった食器の山を指さした。


「じゃんけんして、俺が勝ったら、お前があれを洗う」

「なるほど。勝ったらタダで教えてもらえるわけね」


 その提案に、少年は拳を差し出して返した。


 そういえば、仕事の忙しさにかまけて息子とゆっくりと話す時間を作ってなかった。

 妻が反抗期の息子の面倒を見るのに疲れて、それで誰も息子を気にかけない内に悪い男に捕まって、取り返しのつかない過ちを犯して。


 どこかでこういう時間を作れていれば、自分は家族と一緒に過ごせていたのだろうか。


「最初はグー! じゃーんけーん——」


 腕を構えながら後悔が溢れてきたが、もうどうすることもできない。

 だが、そんな感情を思わせてくれたこの少年には感謝で答えたい。

 そう思いながら繰り出した手は、負けてしまったが不思議と大きな笑い声をあげてしまった。


 以降、ことあるごとに二人はじゃんけんをしあって面倒な業務を押し付けあっている。


 贄として生かされる中、唯一人間になれる気がして、おっちゃんもこの時間が好きだった。


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