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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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悪い芽を摘む

 翌日、子どもたちが起きる前に、ギブは「もう一つの門を見に行く。暫く戻らないかも」と言って国を発った。


 いつでも出れる準備だけしておいて。


 その言伝通りに、セオが必要な荷物を一か所に纏めていたところ、子どもたちが尋ねてきた。


「どこか行くの?」

「……荷物、纏めていただけだよ」


 何の疑いもなく首をかしげるの子どもたちに、セオは胸が締まる思いがした。

 少なくとも今すぐではない。だけど別れるときには挨拶はできないだろう。


 子どもたちを安心させるために頭を撫でたが、半分は罪悪感をごまかすためだった。


「セオさん……。ギブさんはいますか?」


 子どもたちの頭を撫でていると、リリアがおぼつかない足取りで現れた。


「リリアさん、大丈夫……じゃなさそうだね」

「……でも、こんなときだからこそ休んでいるわけには。それよりも、アインさんがギブさんを探してるんです。『謝りたい』って」

「あー、さっき出かけたんだ。……一応僕が行く」


 リリアの案内で外に出ると、アインが花壇の前で待っていた。


「……ねえ。ギブに『戦え』って言ったの?」


 会話を切り出したのはセオからだった。少し目を見開く様子を見るあたり、図星のようだ。


「……『贄』も、『魔人』も、『ヒーロー』も、『人殺し』も。ギブはやりたくないんだよ」

「……だから、謝りに来たんだ。好きにしてくれって」


 吐いた言葉は戻ってこない。アインは本当に後悔しているように見えた。

 責める気になれないのは、心からの反省もあるが、それ以上にだからと言って自分がこの国の為にできることはないし、それをギブにも強制できないからである。


「アインさん。子どもたちはどうなりますか……?」


 リリアが控えめに尋ねると、アインは少し目を伏せながら、


「……僕が守るよ。保護区の人たちは」

「……? それは、どういう意味ですか……?」


 アインが腰に携えた剣の柄を握ったとき、保護区の入り口の方から悲鳴が聞こえ始めた。


「……何?」

「リリア。子どもたちを連れてどこかに隠れているんだ」


 剣を抜き放ち、空を見上げたところ、黒い霧を纏った竜巻のような風がアイン達の方へと接近し、学校の前に着地した。

 黒い霧が霧散し、中から姿を現したのはアイゼン王と、その近衛兵たちの姿だった。


「やはりここにいたか、アイン」

「父上……! ここに住む者たちを、贄にする気ですか……?!」

「に、贄……?!」


 アインの問いに、リリアの顔が青ざめた。

 尋ねられたアイゼンは、何も反応をせず、薄く、長い息を吐いてから、無表情のままアインに向かい直る。

 その仕草に、ギブが感情を殺す時に似ていると感じたセオが、困惑しながら子どもたちのいる宿舎の方へと目を向ける。


「わが国にも、選択の時が来たようだ」


 アイゼンが手をかざすと、近衛兵たちが宿舎へ、アイゼンがリリアの方へと進み始めた。


「「っ!!」」


 セオが近衛兵の、アインがアイゼンの前に立ちはだかり、それぞれ剣を前に構える。

 ギブからもらった魔人の剣が、アインの構える剣の刃が。鈍い光を反射して相対する者を威嚇する。


「セオ君。君は誰かから、剣の振るい方を教わったことはあるかな」


 アイゼンが問うと同時、近衛兵たちが宿舎に向かって突撃を開始する。


「やめろ!⁉ 来るな!!」


 セオが剣を振るうも、それが『フリ』だというのは見抜かれていた。

 力の入りきらない剣はあっさりと躱され、代わりに腹に叩き込まれた一撃で、セオは苦しそうに地に伏した。


「父上! 止まってください!」


 歩み寄るアイゼンに、アインが剣を振るうも、その切っ先がすんでのところで止まってしまう。

 その刃を握り、へし折ると、アイゼンが少し曇った声で零した。


「お前にも、教えたことはなかったな」


 宿舎から拘束された状態で子どもたちが運ばれてきた。皆言葉にできないような恐怖の鳴き声を上げている。


「やめてっ!! 子どもたちだけは……!!」

「父上……! お願いです……! やめてください……!」


 リリアに歩み寄るアイゼンの足に、アインは縋るようにしがみついた。


「僕も父上も、こんな残酷な世界が嫌で始めたことだ……! それを、こんな形で、父上自身が壊してしまうなんて、あんまりではありませんか……⁈」


 アイゼンの眉間に一瞬だけしわが寄った。

 だが、すぐに消え、アイゼンは地に伏して懇願するアインに、子どもに言い聞かせるような声色で返した。


「私だって本意ではない。しかし『万』の門が現れた以上、『千』の魔人である私の力だけでは、もう国を守れる保証がないのだよ。選ばなければならない。国の崩壊か、存続か。存続させるにして、何を差し出すか、誰が罪を背負うかだ」

「……何も差し出さない方法はありませんか?」

「『万』の門が1つなら、ギブ君のように門の前で戦う選択肢はあった。だが2つだ。一方を守っても、一方を誰かが手にしてしまう。そのうちの1つを手にしているのは私たちだ。他ではない誰かに、この力は渡せない」

「……」

「この国には、『万』の門の力が悪しきものにわたってしまったときに、皆を守れる強い拠り所が——嵐から身を守るための大木が必要なのだよ」


 アインの制止を振り払い、アイゼンはリリアの腕をつかんだ。




「いやっ!! いやあ!! いやあああああ!!」




 リリアの悲鳴が響き渡り、子どもたちの泣き叫ぶ声が反響し、アインは地面を涙で濡らしながら、地に伏すことしかできなかった。

 セオもなんとか立ち上がろうとするが、よほどうまくみぞおちを入れられたのか、体に力が入りきらない。


 だが、リリアを拘束しようと近衛兵の方を向いたとき。




「ここで育ててるのは花畑だぜ。王様君」




 学校の屋根から、静かに怒りを滲ませた魔人の声が投げられた。

 今この場にいないはずの存在に、皆が驚愕した様子で声の方へ顔を向ける。




「……悪い芽は摘まなきゃなあ?」




 屋根からギブが飛び降りたと同時に放った殺気に、アイゼンのみならず、セオも、リリアも、アインも皆一様に息が詰まった。

 自分を見下ろしながら歩いてくる嵐に向かって、アイゼンは息を整えてから、静かに剣を構えるのだった。


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