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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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混乱する国

その翌日には、『万』の門の噂は城壁を越えて、贄たちの保護区まで広がっていた。

 命の価値を無にする象徴の出現に、保護区の住民たちに不安や恐怖の色が広がっていく。


「また俺たちは……贄にされるのか?」

「バカなこと言うなよ! その心配がないからここに逃げてきたってのに……!」


 口にするのは、不安を具現化した言葉と、自分を安心させようと宙に浮く言葉ばかりだ。


 この日ばかりは学校も休みとなり、子どもたちへの食料の配布のみとなった。


『体調不良で休みます。食料は皆で分けてください』


 いつもは綺麗な黒板の板書が、見る影もないくらいガタガタに壊れていた。

 教壇の上に置かれた食料は、ギブとセオとで子どもたちに均等に分けた。


「リリア先生は大丈夫なの?」

「わかんねえ」


 パンを配る時に尋ねられたが、ギブは素っ気なく返した。顔を見ていない以上、リリアがどうなのかは知らないが、少なくとも大丈夫ではないだろう。

 不安そうにパンを受け取って帰る子どもたちを見送ってから、ギブがセオに、不意に問いかけた。


「……今からでも喧嘩の授業、する?」

「……今更だよ」

「……そーだな」


 この国がどれくらい喧嘩が強いのか。

 魔人が一人しかいない国だ。その答えは分かっている。


 二人だけになった教室のドアが開き、神妙な面持ちをしたアインが現れた。


「……ギブ。ちょっと、話をしていいかい」


 昨日よく眠れなかったのだろう。綺麗に整えてはいるが、取り繕えないほどやつれた表情をしている。

 アインの呼びかけに、「ちょっと行ってくる」とギブがセオを置いて教室を出た。


 まだつぼみの付かない苗が綺麗に植えられた花壇の淵に、二人は並んで腰を掛ける。


「ギブ。出会ってまだ半月ほどだけど、君が来てから子どもたちの表情が明るい。取り繕わない君の人柄が好きだ。勝手な感情だけど、僕は君のことを良き友人のように思っている」

「……王子君と元贄じゃ、割に合わない友情じゃねえの」

「これからの話は個人の話として聞いてほしいということだ。最低なことを尋ねてしまうだろうから」


 手を組み、目を伏しながら前置きをするアインに、内容を予想したギブが思い息を吐いた。


「……君さえよければ。この国に永住する気はないか」


 罪悪感が前面ににじみ出た尋ね方に、ギブは平静を装って返した。


「戦わなくていいならそうしてえな」

「……」


 ここで「それでいい」と返さないあたり、そういうことなのだろう。

 こういう頼られ方は死ぬほど嫌いだが、おそらくアインの本意でない。王子としての立場がそう言わせているものだとはギブにもわかる。


「……すまない。忘れてくれ」

「おう。明日にゃ忘れてるさ」


 精いっぱいおどけたつもりだったが、自分でも不思議なほどに返した言葉は重くなった。

 思ったよりも失望している自分に、ギブ自身も驚いていた。

 それでも責める気になれないのは、ここでの暮らしが本当に気に入っていたのもそうだし、アインが本気でそれを実現しようとしていたのも理解していたからであろう。


「ねえ、王子君のアインとは友達にはなれねえけど、個人としては友達ってことで良いんだよね」


 ギブの質問に、アインは乾いた声で「……ああ」と、力強く頷いた。


「個人としてのアインに、俺からも失礼な質問良い?」

「構わないよ」

「それじゃあ早速、一般人のアインからしてさ、この国の王様が俺とタイマンしたら、勝てると思う?」

「……勝てない」

「続けて質問。この国の王様からしてさ。元からいた国民と、後から保護した贄たちと、どちらかしか助けられないとしたら、どっちを助けると思う?」

「……国民だ」

「OK。次が最後。保護区の人たちってさ。全部で何人いるの?」


 尋ねた瞬間、アインが悲痛な表情でギブのマントを掴んだ。

 やめろ。と言外に圧をかけてくる表情に、ギブは淡々と、「王様の話だろ」と突き付ける。


「全部で何人いるの? 大体でいいよ」


 この魔人に悪意はない。ただただ現実を確認しにくる。

 突きつけられた問いに、マントを掴む手を震わせながら、アインが長い沈黙の後、零れるような声で答えた。


「約……1万人、だ」

「そっか。ありがとな」


 ギブがあえて何の感情も言葉に込めないよう努めているのが伝わり、アインは力なくその手を離した。


「俺、あとちょっとだけはこの国にいるよ」

「そうか……」


 アインはよろよろと立ち上がり、「すまなかった」と小さく言い残してその場を去った。

 背中は丸く縮み、左右に揺れる足取りのアインを見送ってから、ギブはセオの元へ戻る。


「セオ」


 何かを隠すように、感情を失った呼びかけに、セオが悲しそうに眉をひそめた。


「いつでも出れる準備だけしておいて」



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