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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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喧嘩の授業。そして新たな『万』の門

「け、喧嘩の授業……ですか?」


 困惑するリリアに「うん」とギブが頷いた。


「殴られたときにどう殴り返すのかとか、パンチの避け方とか、股間の狙い方。数字とか文字とかも大事だけど、喧嘩の腕も大事だぜ。教えないの?」

「そ、それは……」


 突然投げかけられた問いに、リリアは言葉に詰まっていた。

 純粋な疑問から問いかけるギブの様子を、セオも少しの戸惑いを見せながらも、黙って見守った。確かめたいって言ってたのはこのことか、と。


 暫く問答に困った後、リリアは視線をそらしながら返答をする。


「喧嘩は、ダメです……。人を傷つける方法を、子どもたちに教えるわけにはいきません」

「傷つける方法じゃなくてさ。傷つけてくる奴らから身を守る方法」

「……この国では、そういう方法は、知らなくてもいいと思います」

「うん、そう思う。でも外にはいるじゃん。リリアたちを贄にしてくる奴らがさ」


 ギブの返しに、リリアが身を強張らせた。

 何も返せないリリアに、ギブが皿に問いかける。


「攻められにくい場所にあるとはいってもさ、俺とセオが頑張って歩けばたどりつける場所だぜ。悪い奴らが外からやってくることはありそうじゃん。そういうときどうする? 喧嘩する? それともここを捨てて逃げる?」


 ギブの態度に悪意はない。責めるでもなく、嘲るのでもなく、ただただ事実や意思を確認している。


「……」


 だからこそ、リリアは何も言えなくなってしまった。

 狙われにくいとはこの国に魔人は一人。保護されているとはいえ自分を含めたこの周辺に住んでいる者は難民で、子どもたちはその子供である。

 

 この国に魔人は王一人。本気で攻め入られれば瓦解する国。


 その時が来たら、来るとしたらどうする。


「……どんな理由があろうと、私は、人が人を傷つけるのは反対です」


 体をこわばらせながら、ギブから目をそらして、床にこぼすようにリリアが答えた。


「人を傷つければ……その人にとって消えない傷になるから……!」


 最後の方は殆ど消えかかった声で吐き捨てた。

 ギブの問いに対する答えになってないことを分かっているのか、逃げるように頭を下げ、おぼつかない速足でその場を去った。


 逃げた背中を見送って、ギブは長い息を吐いてからセオに尋ねる。


「俺、前にセオに剣渡したよね」

「……うん。どうしたの?」


 セオが尋ね返すと、ギブが天窓越しに空を見上げながら、独り言のように返した。


「渡しておきながら、剣の振るい方教えたことなかったなって」


 リリアの言葉に失望したわけではない。

 ただ、自分が無意識のうちに避けていたものが浮き彫りになった形だ。

 

 それと同時に、セオも気づいた。

 おっちゃんのときも、自分の時も同じだ。

 ギブにとって大切なものが天秤にかけられたとき、自分を乗せたその皿が浮き上がってしまうことに。


 天窓の外に広がるのは、気味が悪いくらいはっきりと橙色に染まる夕暮れの景色だった。

 強い日差しが雲にかかり、雲の輪郭と影をはっきりと空に映し出していた。




 そして、その夜。


「……何、あれ」

「セオは見るのは初めてか」


 皆が寝静まった頃、ギブが突然セオを起こし、セオを連れて城壁の中へと駆けだした。


 城下町の屋根を飛びながら移動し、向かった王城の中庭の中に——


「『万』の門」


 ギブを最強の魔人にした、最悪数の贄を要求するの門——『万』の門が出現していた。

 王であるアイゼンや、アイン、国を守る兵士たちが恐怖と困惑が混ざった顔で、目の前に鎮座する黒い門を眺めている。


 屋根の上にギブの姿を見つけたアインが、ギブに向かって手をかざした。


「……この国は、もうすぐ戦争になるかい」


 問う、というよりは確認するような尋ね方だ。

 近くに降り立ったギブは、アインの問いに、短く首を振る。


「戦争にはなる。だけどすぐじゃない」

「戦力を整え、準備してから攻め入られると」

「そういう意味じゃないよ」


 ギブの返しに、アインや、それを近くで聞いていたアイゼン、セオがますます困惑した表情になる。


「『万』の門が2つ現れた。ここと、俺とセオが出会った場所」


 アインにセオ、アイゼンの顔色が絶望に染まった。

 突きつけられているのは、この門を使うかどうかではない。


 外に同じ門が出現したのならば、そしてその門の力を誰かが手にしてしまったのなら。


 ギブと同等の力を得た者から、どのようにして国を守るのかという理不尽な問いだった。


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