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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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エロいキス

 子どもたちが寝静まった夜、教会のような建物の中でリリアが天窓を見上げていた。

 蠟燭や明かりの無いこの建物では、外から差し込む自然光が唯一の光源だ。今日は月に雲がかかっていないため、夜でも光が良く差し込む。


 まだ冬季ではないとはいえ、夜は少し冷える。白く細い手をさすっていると、建物の扉が優しく開く音がした。


「ごめん。待たせたね」


 そこに現れたのはアインだった。

 昼に着ていた王装束とは打って変わり、白シャツにズボンという比較的ラフな格好だ。だが、そのシャツを良い素材の生地で作られているのか、リリアの肌に見劣りしないくらい、月明かりに溶け込んで神秘的な白を纏っていた。


「久しぶりに現れたと思ったら、魔人のお客様を紹介してくるのだから、驚きました」

「ごめんごめん。だけど、話を聞いたら彼の過去も壮絶でね。一度、君や子どもたちの優しさに触れてほしかったんだよ」

「ええ。あなたの言った通り、悪い人ではないみたいです。子どもたちも楽しそうでした」


 楽しそうにはしゃぐ子どもたちの様子を思い出して、リリアが笑みを浮かべると、その様子に反応して、アインも嬉しそうに笑う。


 綺麗に並べられた長机と椅子の間を歩きながら、教壇にたつリリアの元へアインが歩み寄った。


「……今日は、月が綺麗ですね」

「そうだね」


 横に並んで、天窓から雲一つない満月を見上げる。

 満月だけではない。ぽつぽつと明かりを灯す夜の星々が、暗い夜空を静かに彩っている。

 他国が門を求め戦争をしている中、二人並んで空を見上げ、簡単に浸る余裕があるというのは、何にも代えがたい幸福なのかもしれない。


 そんな風に思いながら、アインがリリアの横顔に視線を流すと、リリアも同じタイミングでアインの顔を横目で伺っていた。

 図らずしも目が合い、二人は照れ隠しからか慌てて視線を空に戻した。


 気まずいわけじゃない。むしろこの胸の高揚を楽しんでいる自分がいる。

 それは隣に立つ彼女も同じだろうか。


 少し熱くなった顔に、少し冷たい夜の空気が心地よい。

 視界の端でリリアの様子を伺いながら、空を見上げていた時だ。


「次は、いつ来れますか?」


 不意にリリアに問いかけられ、二人はまた同じタイミングで視線を合わせあった。

 今度は空に逃げなかった。

 自然と、アインの唇がリリアの桃色の唇に近づいた。それを受け入れるように、リリアも少しだけ顎を上げて、アインの口元に角度を合わせた。

 互いの息がかかりあったとき、アインが優しく唇を重ねた。


 柔らかい感触。脳をくすぐる衝動に、アインが優しくリリアの細い体を抱き寄せる。

 くん、と体が小さく揺れた後、リリアも握りきらない手を、シャツの上からでも温かく感じるアインの背中に小さく添えた。


 月明かりだけが教壇を照らす中、二人が唇をまぐわわせる音が、小さく、しずくが波紋を打つように建物の中に反響する。

 優しい風で揺れる木々の音。秋の終わりを告げる虫の声。二人を見守る魔人。屋根の上に下りて、周囲を見渡す夜行性の小鳥。

 今、この世界で二人は二人だけの存在になっていた。夜の静けさに溶け込むように、二人の頭は白く、自分たちだけの世界に溶け込んでいく。


 今、この世界には二人以外誰もいない。








 ——二人のまぐわう様を、まじまじと見守る魔人を除いては。


「……? ——っ?! ちょ、ギブ?! なんで君が?!」

「へ? ……えええええええええ?!」


 ギブが教室の一番端に置いてある椅子に座り、じっくりとキスの様子を眺めているのに気が付いて、アインとリリアが悲鳴に近い声を上げた。


「あ、おかまいなく。どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ、じゃないよ⁉」


 見られていたとわかり、先ほどまでとは別の羞恥が二人の体を駆け巡る。リリアに至っては顔がゆでだこだ。

 そんな二人にギブが頭を掻きながら頭を下げた。


「いや、邪魔したいわけじゃなかったんだけど。俺、キスとか初めて見たからさ。……二人さえ問題なければ、見学したいんだけど……OK?」

「OK,なわけないだろ‼」


 アインが突っ込むと、「さーせん」とギブがそそくさと出ていこうとした。背中を丸めて退散するギブに、リリアが顔を真っ赤にしながら、「あの」とギブを呼び止める。


「……子どもたちには、内緒にしてくださいね?」


 リリアが抑えきれない恥ずかしさを顕に、口元で人差し指を立てながら小さく頭を下げた。


「あー、まかせてくれ。子どもたちには内緒にしとくよ」


 ギブもリリアの真似をして人差し指を立ててから、建物を後にした。その後二人が続きをしたのかは分からない。

 まあ、それはギブからすればもうどうでもよくて、








「セオ。アインとリリアがエロいキスしてた」

「それ僕に話していいやつなんだよね?」


 初めて見たキスの衝撃を、気の知れた仲間に話すことの方が大事だった。

 寝ているところをたたき起こされ、早々に訳の分からない話を切り出すギブに、呆れた視線をセオが投げるのだった。


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