贄たちの居場所
ギブとセオは、アインが乗ってきた車の後部座席に乗った。
アインが助手席を一番前までずらして、巨体のギブが何とか座席に収まった。セオはアインの間後ろの席に着く。
「狭くてすいません」
「いーよいーよ。俺がでかいだけ」
屋根がないタイプの車なので、上の空間は開放的だ。
アインがエンジンをかけて車を走らせると、気持ちの良い風が肌をなぞる。
「念のため聞くけどいいの? 俺みたいなのすんなり通しちゃって」
「父が大丈夫と判断しましたから」
同じ車に、それも後部座席に出自のしれない魔人を乗せるのは不用心だとは思ったが、危害を加えるつもりならもっと早い段階で争いになっているのも事実。
目の前のアインという男、割り切って行動に移せる辺り、王のアイゼン同様、座った肝の持ち主なのかもしれない。
「俺以外の魔人が来たらやめとけよ」
「ハハハ。気を付けます」
バックミラー越しに微笑むアインを見て、セオは少しドキッとした。
アインの容姿は中性的で、柔らかくも綺麗に整った輪郭に、すらりと伸びた鼻筋といった、一流の造形士が設計したような綺麗な線の持ち主だ。
そんな土台を彩る顔のパーツもまた一級品で、やや切れ長の、深い紺色の瞳は、優しくも蠱惑的な輝きを秘めており、長く伸びたまつ毛が、グラデーションをつける様に、その輝きに影を差し込む。
凛とした綺麗な声を発する唇も鮮やかな赤色で、少しウェーブのかかった、滑らかな紺色の髪から良く映える。
顔だけ見ると美女と間違われても可笑しくないのだが、男だと一瞬で判別できるのは、首から下に続く、細身ながらもしっかりと鍛え上げられた肉体からだろう。少し広めの肩幅から、服の上からでもわかる無駄なく引き締まった体が彼を男だと気づかせる。
点が2物も3物も与えた結果生まれたような存在に、思わず関心が勝ってしまった。
「王子君。敬語とかいいよ、堅苦しいし」
「普通はギブが敬語を使う場面なんだけど……」
「ははは。じゃあお言葉に甘えて肩の力を抜かせてもらうよ。代わりと言っては何だけど、僕のことは『アイン』と名前で呼んでくれないか? 王子君だと、なんだかこそばゆくてね」
「オッケー。じゃあお互い名前で呼び合おうな。改めてよろしくな、アイン」
「こちらこそ、ギブ。早速だけど、どんな場所が見たい?」
アインが尋ねると、「んー」とギブが少しだけ考え込んだ。
「保護された贄が暮らしている場所がいいなー」
「了解。そうだと思って、すでに向かっているよ」
そういえば現れたときに、アイゼンが「噂を聞いてやってきた」ことは伝えていた。それを聞いての先回りだったのだろう。
気遣いはありがたいが、国の王子に車を運転させているのはどうも気が引ける部分がある(セオは)。
城壁を沿うようにして車を走らせていると、城壁の外に広がる広大な農耕地と、その傍に建てられている大きな住宅街が目に入った。
「あそこが外から来た者たちの保護区だよ」
右折して農耕地と居住区を分けている広い道路に入ると、小麦が風で揺れる心地の良い音が耳を撫でた。
ちょうど収穫時期なのか、金色の大地で刈り取り作業をしている者が多くおり、中にはトラクターで小麦を収穫している者もいる。
大きな道路を挟んで反対側に併設された居住区には、郊外付近には簡易的なテントを設置しただけの集落もあるものの、奥の方には複数階建ての宿舎のような建物や、炊事場や洗濯場などの共同施設もしっかりとある。
人を取り敢えずそこに置いてあるだけの場所ではない。暮らすための準備が整った、しっかりとした『施設』である。ある意味では盛で出会った贄たちが描いていた理想形の暮らしぶりだ。
「凄いですね……。贄たちからすればまるで天国だ」
セオが漏らした感想に「そーだな」とギブも同意する。
「居住区が近づいてきたところで、ギブに気付いた者たちがざわざわとどよめき始めた。
「皆、落ち着いてくれ。彼は客人だ」
「どーもー。皆と同じ元贄ダヨー」
アインが車を停め、先頭に立って皆を宥めている。その後ろでギブが軽いノリで敵意の無さをアピールする。
それを聞いた居住区の者たちが、戸惑いながらも落ち着きを取り戻し、警戒を少しずつ緩めていく。ギブのアピールが効いたというよりは、アインの説得が効いた結果だ。
セオが車から降り、頭を下げると、それが最後の一押しとなって、皆の緊張が緩まる。
「アイン様、その魔人の方は?」
アインに親し気な笑みを見せながらも、恐る恐る尋ねた居住区の者を安心させるようにアインがほほ笑んだ。
「彼はギブ。その隣の子がセオ。二人とも皆の暮らしぶりを見たがっていたから連れてきたんだ。悪い人たちじゃないよ」
「あ! その魔人の人、私たちを解放してくれた魔人さんだよ!」
奥の方で騒ぎを伺っていた者が、大きな声と共にギブを指で示した。
どうやらギブが助けた者もいたらしい。後ろの方でうんうんと同意して頷く者たちの姿も見える。
その反応を見て、少し驚いた様子でアインがギブの方へと振り返った。
「もしかして、とは思っていたけど……ギブって、門を狙う者たちを襲っている魔人?」
「そーかも。ビビった?」
「うん、驚いた。でも会ってみたかったから、嬉しさが大きいよ。贄の者たちからすれば君は英雄だからね」
「そーか? 俺からすれば、ちゃんと助けた後のことを面倒見ているこの国の方がよっぽどヒーローだ」
英雄、という表現に若干引っかかったが、表に出すのは最小限にとどめ、自然な形で話題をそらす。
ヒーロー、という表現を嬉しそうに受け取りながらも、「そうでもないよ」とアインは謙遜ともどかしさが混じった返答を見せた。
「全員を救えているわけじゃない。審査で引っかかって、受け入れなかった人たちもいる」
「救おうとすることがレアだって。つーか、そもそもなんで贄たちを保護してんの? メリットないけど」
ギブの問いに、これ以上人がいる前でする話題ではないと思ったアインが、「他の場所を案内しようか」と車へと誘導した。
居住区の者たちへ「他のところも案内してくるよ」と言い残し、車で去ると、その姿をみんな手を振って見送った。どうやら彼らと相当な信頼関係があるらしい。
皆の姿が見えなくなったところで、アインが続きを切り出した。
「僕たちなりの戦争の仕方さ」
ギブの疑問に改まった様子でアインが答え始めた。
「周囲が高い山や海に囲まれているおかげで、外の国からは攻めにくいし、門が現れにくい土地だ。攻め入るメリットもない。だけど同時に、僕たちも軍事力を持てないんだよ。だから外に向かって噂を流すのさ。『ここに来れば贄の居場所がある』ってね」
「つまり、他所の国の足を引っ張るための理想郷ってこと?」
「そういうこと。贄たちが反乱を起こしやすくなれば、少しばかりは他国が軍事力を整えるのにも手間取るだろう。君が解放した贄たちも再回収されることも減る」
それをきいたギブが「なるほど」と小さく相槌を打った。納得しきってはいないらしい。
「でも、ここを運営するのも金が要るだろ。どれくらい成功してるかも分からない作戦の為だけに、ここが存在してるとは思えないけど」
「もちろん、残りは善意だよ」
慈愛と覚悟がこもった笑みを、アインはギブに向けた。
「父も僕も、贄という制度そのものが嫌いなんだよ。この国は贄を要求する世界に反逆するための、最初の礎なんだ」




