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贄の王  作者: 糸音
第三章 復讐と夢とゲロ

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夢とゲロ

 

「だめだ‼」


 セオがナギの手からナイフを奪おうとするが、それをギブが手で止めた。


「ナギはまだ幼いんだぞ⁉」

「大人になったらオッケーってこと?」

「ちが……」

「良いことじゃないとか、正しくないとか、俺もナギも分かってるよ。わかった上で選ぶんだろうが」

「それでも‼ こんな、こんな……! 意味のないことに、手を汚させるなんて……!」

「意味はある」


 揺れるセオに、ギブが静かに突きつけた。


「こいつらぶっ殺せばナギがすっきりする。街に平和が戻る。意味はあるだろ。平和的な解決が選べる相手だったか?」

「……っ!」


 ギブが付きつけた現実に、返す言葉がなくなった。

 許すか許せないかで言ったら、誰がどう見ても後者なのだ。政府や法の裁きを、なんて手段が通じないからこそ、ナギはギブを頼ってきたのだ。


 ナギが殺していい理由はないのかもしれない。

 だが、殺すべき理由は無数に湧いてくる。


 突きつけられた現実に、セオは何も言えなくなった。

 じゃあギブが、なんて言葉はもっと言いたくなかった。


「……、ふー、ふー……!」


 ナギが困惑しながらも、必死に呼吸を整え、ナイフの刃を前に突き出しながら、バイソンたちに向かって歩き出した。

 よく見れば全員拘束はされてても、心臓の位置だけ綺麗に顕わになっている。ここを刺せ、という言外のメッセージだ。


「お母さんの……! 皆の……! 敵……!」


 失ったあの日から胸に抱えていた悲願。

 それと同時に、胸を襲ってくる得体のしれない恐怖心。

 辿り着きたい場所に辿り着いたはずなのに、なぜだが足元が。今まで歩んできた道が、音を立てて崩れていくような感覚がする。


 ナギはバイソンのリーダーの前に立った。

 一瞬だけ抵抗する意思が目に宿ったが、ナギの背後に立つギブに睨まれ、すぐにその意思が消失する。

 汗が滲んだ、熱気を帯びながらも冷たくなった手でナイフ握りなおした時だった。






「復讐ってのはさあ。腹に溜まったゲロを手に吐くことと一緒だよ」






 ギブが独り言のように語り掛けると、ナギが体をビクッと委縮させながら立ち止まった。

 その強張った横顔に顔を寄せながら、ギブが悪魔のように語り掛けた。


「ゲロは吐くことも飲み込むこともできる。飲み込めば気持ち悪ぃが、吐いたときには最高にすっきりするぜ。すっきりするのは大事だ。だから復讐には意味がある。……でも、吐いたゲロの香りは一生忘れねえ。この香りは洗っても消えねえ。お前は手を洗う度、涙を手で擦る度、料理をする度、誰かの手を握る度、ゲロの香りと向き合わなきゃいけなくなる」


 ギブの提言に、ナギの手の震えが強くなった。

 震えが強くなり、目が涙で滲み始めたナギの横顔に、ギブは淡々と、容赦なく選択を突きつけた。


「料理人になるのはお母さんとお前の夢だけど。こいつらぶっ殺すのはお前だけの夢だぜ。セオは知らねえけど、俺はお前のことなんかどうでもいいしなあ。すっきりしようがしまいが、あとは勝手に暮らしてくれって感じだ。俺は意味のねえ殺しなんかしたくはねえからなあ。生かすかどうかはお前の責任だよ」

「……っ」


 ナギがとらわれた人たちに顔を向けようとしたところ、ギブが顔を鷲掴み、顔の向きを強引にバイソンたちの方へと戻した。




「人に聞くな」

「う、うう……!」


 逃げ道に先回りされ、再び視線を戻される。

 濁った視界に映るのは、敵の顔と、冷たい輝きを放つナイフ。

 粗くなる息。震える体。真っ白になっていく頭。


 ————。


 ————やらなきゃ。


 やらなきゃ。やらなきゃ。私が。私が。


 何のために。お母さんの為に。私の為に。今までそれをずっと願ってきたんだから、今更やめるとか選択肢ないから、ここで殺さなきゃ何も返ってこないんだから日常も平和も命も何もかもこいつらが全部持って行ったんだから取れる分だけ取り返さないといけないんだから——


 私が。


 私が。


 皆の、為に。

 お母さん、の、た、め————







「う“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!!!」







 真っ白になった頭。自我を失った叫び。

 胸を割く勢いで渦巻いた激情に身を任せ、ナギはナイフを狂ったように両手で構えた。

 上から下へ。

 心臓めがけてナイフを振り下ろそうとした瞬間——













「……ゲロ吐いた手で料理人になれんの?」




 ナイフの先に浮かんだのは、母と笑いながらと料理した記憶。

 ナイフを振るい、切り裂くのは、心臓と——未来。


 ギブの問いかけに、ナイフが止まった。

 極度のストレスから、ナギはその場で膝を折り、ゲロを地面に向かってぶちまけた。


「……うう、うううううううう」


 ゲロを吐いて、ナギはナイフを手から零すと、ボロボロに崩れた表情で天を見上げた。

 その先には、軽蔑も同情もせず、唯々真っすぐと自分を見下ろしてくる魔人の顔があった。


「ああああああああ……! ……ああああああああああああ‼」


 ナギは動くこともできず、唯々その場で、子どものように大声で泣きだした。

 泣きじゃくるナギを見て、セオがその体を抱きしめたところで、ギブがナイフを拾ってその刃先を親指でへし折った。


「ビジネス失敗だ。金は返すよ」


 壊れたナギの前に、ギブが受け取った金を優しく置いた。

 中身の詰まった麻袋から、銀貨が一枚だけ涙のように零れて綺麗な音を鳴らした。


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