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贄の王  作者: 糸音
第三章 復讐と夢とゲロ

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お母さんとナギの夢

 夜が更け、月が昇り切ったころにドアがノックされた。


「……準備OK?」

「OっKぃ!」


 ドアの先には上着を羽織ったナギがいた。

 ナギの問いかけに、ギブがいつも通りの陽気な振る舞いになって親指を立てた。


「バイソンが良く現れる場所がある。まずそこに向かう」

「了解。そこで人さらい君が現れたら、俺がぶっ殺せばいいわけだな」

「ダメ。そいつを泳がせて拠点を突き止める。まずは隠密行動」

「ギブの巨体で隠密行動は無理があるんじゃ……」

「表を歩くと目立つってんなら、屋根つたっていくか。二人とも、俺に捕まって」


 ギブが自分の脇のあたりを示すと、ナギがそこにしがみついた。しがみついた際に上着の内側に携えた包丁が見えて、セオは複雑な気分になる。

 セオも反対側にしがみつくと、ギブは部屋の窓から反対側の屋根へと飛び移り、パルクールのように建物の上を移動し始めた。


「あっちの方。行商人たちご用達の安宿が集める路地がある。バイソンの狩場」


 ナギが指で示した方向に、ギブが軽い身のこなしで屋根と屋根を飛び越えながら駆けていく。月が輝く寒空の下、静まり返った街を軽やかに駆けていくのは気持ちが良い。セオは顔に当たる冷たい風を感じながら、早送りで過ぎていく景色に見とれてしまった。


「この辺り。あとはバイソンが現れるまでじっくり待つ」


 宿屋と路地が一望できる建物の上に下り、ナギがその場で身を伏せるのを見て、ギブたちも同じ体勢をとった。

 閑散とした路地と、まばらに明かりを灯す街灯の光。

 人の気配がなく、風で待ったゴミが吹き抜けるだけの路地を見下ろしながら、ギブが退屈そうに尋ねた。


「ほんとに人さらい君達、現れんの?」

「……十中八九。あそことあそこと、あそこ。宿泊客がいるでしょ」

「カーテンが閉まってるところ?」


 ナギが示したのは建物は、大半の部屋が窓から中の様子が伺えたが、いくつかの窓はカーテンがかかっており、外から中が分からない状態だ。利用客がいるということだろう。


「……今示した宿、他と比べて安い。何も知らない余所者が止まるように仕向けてるの。宿泊客が来たら、宿屋のオーナーがバイソンに情報を売る」

「なんでえ。バイソン以外にも屑がいるじゃん。ついでにぶっ殺す?」

「……しょうがない。余所者を贄にできなきゃ、贄にされるのは街の住民。上流が対処しない以上、街の皆は黙っているしかない」

「……しょーがない、ねえ。ま、相手が魔人じゃしょうがねえか」


 しょうがない。という言葉にギブが一瞬だけ引っかかったが、一人で納得したのか、すぐに声色が戻った。

 贄だった頃、銃を持っている相手に手をひっこめたことを思い出す。


「つーか、余所者が優先的に狙われるならさ。なんでナギのお母さんは贄にされてんのよ」

「ギブ……!」


 あまりに遠慮のない質問に、静聴していたセオが口をはさんだ。

 そんなセオに「構わない」と告げてから、ナギが質問に答える。


「……バイソンの活動が今ほど活発じゃなかった頃、外から来たお客さんがうちで忘れ物をしていったの。そのことに夜気が付いて、宿に届けたところをついでに攫われた」

「……ひどい」


 その光景を想像して、セオが沈痛な表情になった。

 ギブは「ふーん」とナギの言葉を聞き終えてから、別な質問を重ねた。


「今更だけど、そのお母さんって、どんな人だったの」


 なおも過去をほじくり出してくるギブに、セオが視線で牽制したが、当の本人が気づいていない。興味が完全にナギの方へと向いている。


「……明るくて、優しい人。料理も上手。お客さん皆に好かれてた」


 ギブに尋ねられ、ナギが一瞬だけ苦虫を嚙み潰したような表情を見せたが、少しずつ母のことを語り出しているうちに、表情が少しだけ柔らかくなった。


「良く私に料理を教えてくれた。上手くできると、いつも頭をなでてくれた。将来はこの店の料理人になるって言うと、すごくうれしそうに聞いてくれた。私がいないところで、私がお店を継いでくれるのが夢だって、常連さんが教えてくれた」

「へえー。ナギはさ、復讐終わったら料理人になんの?」

「……うん。お母さんの夢をかなえる」

「お母さんもういないじゃん。それでもお母さんの夢って大切?」


 セオが無言でギブの脇腹を小突いた。


「……当たり前。お母さんの夢であり、私の夢」


 ナギが少しだけ不快そうに眉をひそめたが、ギブはその様子を見て、何か納得したのか、うんうんと頷いた。


「そっか。俺にとってのおっちゃんみたいなもんか」

「……?」


 ギブの反応にナギが不思議そうに首を傾げたとき、


「ギブ。あれ……」


 セオが路地の方を指さすと、細い路地からフードで顔を隠した者が3人現れ、カーテンで隠れた窓を指さした。

 すると、その中の一人の腕が伸縮し、2階の窓まで伸びたかと思えば、窓の僅かな隙間に入り込み、内側から鍵を開ける様子が伺えた。


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