ぱーっと使おう
二人が入った建物は、大衆食堂だ。
2~4人用の机が全部で10卓と、狭すぎず広すぎずといった建物の中は、まだ食事時ではないからかガランとしていた。
「いらっしゃい」
二人が中に入ると、床のモップがけをしていた店主と思われる男が挨拶をした。
ギブの巨体に少し驚いた表情だったが、すぐに表情を整え、広めの机に案内してメニューを出してきた。
先ほどまで街の毒気にやられていたところだ。丁寧に迎え入れられて何となくほっとしてしまう。
少し年季の入った机だが丁寧に清掃されていた。
それでも補修しきれていない壁や、チカチカと限界を知らせてくる照明のせいか、店全体に疲れた空気を感じる。
ソファに腰を掛けると、軋む音と共に破れていた個所から空気が抜けだした。
「メニューに書いてあるもの全部たのもーぜ!」
「そんなに僕食べきれないから。後、宿代とかも取っておかないと」
「さっきみてえな悪党が寄ってきてくれたら稼ぎ放題なんだけどなあ」
「……ギブってそういう分別はあるよね」
「まあね。ちょっとくらい良いかな? とか思うときもあるけど、おっちゃんはそういうこと良く思わねえだろうしなあ」
「……たまにギブが漏らすけどさ。その『おっちゃん』って誰?」
セオの反応で「ちゃんと話したことなかったな」とギブが気付いた。
「俺に『ギブ』って名前をくれた、喧嘩が弱くてじゃんけんが強いおっちゃん。おっちゃんのおかげで俺は死なずに生きている」
「いい人だった?」
「おう。最高に」
「……ギブにとっての恩人?」
「そんなとこ」
「ふーん」
ギブの声が少しだけ感傷的なものになったのを感じて、セオは気になるが追及を避けた。
ギブにそういう大切な人がいるのは嬉しかったが、家族に捨てられた今の自分に、そうと呼べる存在はいない。
比べる者でもないだろうが、ギブにとって、その『おっちゃん』が大切だったとしたら。自分とどっちが、なんて疑問が浮かぶのが怖くて、本能的に話題を閉ざしてしまった。
自分の嫌なところが少し見えて、気分が少し沈んだところに、セオと同じくらいの背丈の女の子が、セオたちの机に水を運んできた。
「……ご注文は?」
「あ、えっと……」
女の子に急かされ、セオは慌ててメニューをめくった。席に座っておきながらまだ何も考えていない。
そんなセオを一瞥してから、ギブがメニューを指さした。
「このページにあるやつ、全部ちょーだい」
「……料金は前払い。払えるの?」
「これで足りる?」
奪ったばかりの麻袋を放ると、店主と女の子がギョッと目を見開いた。どうやら十分すぎるらしい。
重そうに麻袋を店主のもとへ運ぶ女の子を横目に、セオが「……ギブ」と呆れた視線を投げた。
「どーせ汚れた金だ。ぱーっと使おうぜ? こんな街長居したくねえだろ?」
「計画性を持って使おうって話をしてんの」
「……実は、一度でいいから豪快にお金を使ってみたかっただけなんだ」
「そりゃ結構。だけど、共有財産ってのは忘れないでよね」
セオが釘をさすと、「さーせん」とギブが頭を掻いた。態度は軽いが、若干の反省が滲んでいたので不問とする。
厨房の方で、野菜を切ったり、油が跳ねたりする心地の良い音が聞こえはじめ、暫くするころには大量の料理が続々と運ばれてきた。
「……」
野菜炒めに、ベーコンとジャガイモのスープ。ケチャップのかかったオムライスに、
全長30㎝にもなる渦巻型のソーセージなど、出来立ての料理がところ狭しと並べられ、4人用の机には、頼んだ美味しそうな料理が机ぎっしりに広がっていた。
思えばここ最近、缶詰や干し肉などの保存食ばかり食べていた。そんな舌事情でこの温かい料理を前にしては、自然とよだれがあふれ出てしまう。
とはいえだ。
「……流石にこの量は食べきれないんだけど」
「やっぱり?」
これを今から自分一人で平らげなければならないと思うと、食べる前から胃にのしかかるものがある。
セオがギブを恨めしそうに見上げると、当の本人は「ガハハ」と可笑しそうに笑っていた。
「おーい。嬢ちゃん。あとおっさん。セオだけじゃ食いきれねえ。食べるの手伝って?」
「……え?」
急に呼びかけられ、女の子がきょとんと眼を見開いた。
店主の男と目を合わせてから、二人とも唖然とした表情でギブの方を見つめなおしてくる。
「……お願いします」
セオが縋るように頭を下げると、女の子のお腹がかわいらしい音を立てた。
店主が頷くと、女の子が照れ臭そうに顔を赤くしながら、セオの隣にちょこんと腰を掛けた。
「飯を食いながら、この街のこといろいろ聞かせてもらおーか! さっきの金は情報量も込みってことで!」




