街の流儀
「でけえけど、なんかくたびれた街だなー」
ギブが大通りの端を歩きながら、きょろきょろと周囲を見渡して零した。
行き交う街の人々の表情に活気がなく、どこか不安げに、何かに怯えている様子だ。
石畳の床は闘争の跡なのか不自然に窪みや欠けがあり、窓ガラスの割れた建物や、壊れたまま修繕されていない街灯などが散見される。
壊れた街灯や建物に寄りかかって、煙草を吹かしている者の傍を通ると、脳みそを犯してくるような香りの副流煙に、反射的に息を止めてしまった。
くたびれたように見えるのは治安の悪さが原因か。とセオが推察する。思えば衛兵の質は悪かった。
「これって『治安が悪い』ってやつ?」
どうやらギブも同じ結論に至ったらしい。
「……治安が悪い街も珍しいね。普通なら贄にされることを恐れて、犯罪なんか起こす奴は少ないはずなんだけど」
門が世界各地に現れるようになって以降、大なり小なり犯罪を重ねていけば下流に落とされるのはどこの国でも同じだ。
特に1万の門が現れて以降、贄の数がより多く必要になったため、数の確保という意味でも、刑罰での取り締まりは強化されているはずである。
だからこそ、ここまで街が荒れ果てるまで、治安が放置されているのが分からない。
自分たちの考えが及ばない何かが、この街にはあるのだろう。
そうセオが考えていたところで、
「いてっ?!」
「おっとごめんよ?」
真正面から歩いてきた二人組の男がセオにぶつかった。
セオが横にそれようとしたところ、向こうが合わせて進行を遮った形だ。
「何すんだよ?!」
「ハハハ。俺もよけようとしただけなんだがなあ。ま、お互い様ってことで」
転んだセオを気遣う素振りもなく、ぶつかった二人組はバカにするように笑い声をあげながらその場を過ぎ去っていった。
その背中を睨みながらセオが立ち上がろうとしたところ、腰のあたりが軽くなった違和感に、慌ててポーチを巻いていた場所に手を当てる。
ギョッと目を見開いて男たちへ振り返ると、セオのポーチを男の一人が手に持っている様子が伺えた。
「おい! それ返せ‼」
「お?」
セオが詰め寄るも、男二人はおどけた態度だ。
「おいおい、これは俺たちが持っていたものだぜ?」
「ふざけんな! さっきぶつかったときに盗ったんだろ?!」
「おいおい。濡れ衣を着せるのは良くねえなあ。これがお前のもんだっていう証拠でもあんのか?」
「……!」
話が通じない相手だということが分かり、セオが拳を握るが、それを見て「やるか?」と男たちがナイフを取り出したところで、反射的に身を引いてしまった。
怯んだ様を見て男たちは、面白おかしそうに笑い声をあげる。
「ま! こんな街だ! 盗られるような管理をしている奴が悪い! 失くしちまったことは気の毒だが、良い授業料だと思ってくれよ!」
「——ふーん。この街じゃ盗られた奴が悪いっていうルールなの?」
セオが悔しそうに唇を噛むのを見下ろしながら、その場を去ろうとした二人組に、ギブが背後から話しかける。
突然音もなく先回りをして現れた巨体に、男たちが驚き後ずさりをした。
「……おうよ。……あんた、そのガキの連れ?」
「そんなとこ」
「そ、そうか。こんな街だ。ガキのお守りはちゃんとした方が良いぜ……?」
フードとマントでどんな人間かは分からないが、見上げるほどの巨体だ。圧がある。
謎の男の陰に飲まれながらも、男たちは何とか強がって軽口を装った。
「盗られる方が悪い、ね。教えてくれてサンキューな。セオ、行くぞ」
「……え? ギブ?!」
ギブはそんな男たちを舐めるように見下ろしてから、セオの頭をポンと叩いて、その場を立ち去ろうと踵を返した。
予想外の反応にあっけにとられるも、遠くなっていくギブを慌ててセオも追いかけた。
追いかけながら一瞬だけ振り返ると、ギブに怯みながらも落ち着きを取り戻していく二人組が、自分のことを馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「……なんで盗られて何もしないんだよ! ギブの稼ぎも入っていたんだよ?!」
「街に入ったばかりで面倒ごと起こすのもしょーもねえ。街の流儀に合わせようぜ?」
当てにしていたわけではなかったが、ギブが何かされて何もしないのは意外だった。
それともあれか、こういう揉め事で自分が惨めな思いをしても、ギブにとっては他人事なのか。
口にしては依存になるため言葉にはできないが、同じ旅路を行く仲間ではあるのだから、少しくらい気遣ってくれてもいいのではないか。
セオが悶々としていたところに、ギブが笑いながら語り掛けてきた。
「いい街だな」
「どこが‼」
あまりに抜けた回答に怒りながら突っ込んだ。
その返しとしてギブはセオに向かって、さっき盗られたポーチと、中身の重い2つの麻袋を放った。
「稼ぎ放題だ」
バランスを崩しながら受け取った麻袋から貨幣がこぼれた。
零れた貨幣を拾おうと振り返ると、先ほどの二人が「金がねえ?!」と腰のあたりをまさぐりながら騒いでいる。
「……ハハハ!」
その様子を見てセオが思わず笑ってしまった。
セオが明るくなったのを見て、「とりあえず飯を食おうぜ」と、ナイフとフォークの絵が描いてある看板を親指で示し、二人はその建物の中に入っていった。




