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贄の王  作者: 糸音
第二章 10年後の世界と贄の村

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行き先を託して

 

 ギブが歩き出すと、セオが「ちょっと待って」と手で制す。


「ごめん。僕何も持ってないから、物資だけ取らせてよ」


 セオは囚人服のようなボロ服を肌の上から一枚着ているだけで、靴すら履いていない状態だった。

 セオは周囲に転がっていた残骸や、衛兵や魔人の死体を一瞥してから、死体を避けて、衛兵隊の補給物資を漁り始めた。

 血の色を失った顔や、死体の損傷部から目をそらしながらセオが物資を漁っていた時、ギブが「おーい」と声を上げた。


「この靴、キレイなまんま残ってるぜー」


 ギブが指さしたのは、上半身と下半身が切り離されている死体だった。


 思いもよらず見たくないものを目にしてしまい、セオがすぐさま目をそらし、気持ち悪そうに口を手で押さえた。


「下流なのに、死体を見るの慣れてねえの?」

「慣れてるわけないだろ! まだ子どもだぞ⁉ あと、ぼくは元中流だ!」

「中流? ……そういやお前、セオって名前があるもんな」


 背を向けたまま怒鳴るセオに、ギブは死体が履いていた靴と、腰についていたポーチを放った。


「なんで中流なのに、贄にされてんの?」


 ギブの問いに、セオは眉をしかめて俯いた。思い出したくないことらしい。

 黙り込むセオの様子に、「話したくなければ——」と問いをひっこめようとしたところで、「贄が足りなかったんだよ」とセオが切り出した。


「連日現れる門のせいで、国が保持する贄のストックがなくなったんだよ。それで、平均よりも税金納めてない世帯からさ、一人だけ贄を補充する王命が出た。……家族の中で一番愛されてない僕が差し出された。……そんなとこ」

「そっか。大変だったな」

「……軽くない?」

「シリアスに同情してほしい?」

「……それはそれでうざいかも」

「だろ?」


 重い過去を話したつもりだったのに、ギブは軽いノリで返した。

 そのことにセオがあっけにとられるも、重く沈んだ心には、かえってこの軽口が心地よい。

 少しだけ目元が開いたセオに、ギブは衛兵が身に着けていた服を放った。


「帰らないって決めたんなら、あとはテキトーに流そうぜ。とりあえず服着てみ。サイズは調整してやっからよ」


 言われるがままに服を着て、ぶかぶかの服にギブが手を当てた。


 すると服がセオのサイズピッタリに縮小し、セオが目を見開きながら、自分の着ている服を眺めた。

 少し血でよごれていた兵服やマントは綺麗に修繕され、さながら新品のようになっている。サイズが大きく、床擦れを起こしかねない革のブーツも自分の体に良くなじむ。


「……かっけーな。俺も服着ようかな……」


 馬子にも衣裳、というやつである。見違えたセオの姿にギブも何か感じるものがあったのか、死体の衣服を物色して、マントを作成し肩に羽織った。


「どう? イカす?」

「イカす? って……、その位の服、上流のあんたなら、魔人になる前は普通に身に着けていたんだろ?」

「俺が上流? 馬鹿言うな。生まれも育ちも下流よ俺は」

「はあ? 下流が魔人になれるわけないだろ。冗談はほどほどに——」


 言葉の途中で何かに気付いたセオが、少し考えこんでから尋ねる。


「もしかして、ギブって10年前に『万』の門を乗っ取ったっていう伝説のテロリスト?」

「……テロリストって、なに?」

「えーと、暴力的な手段で国を変えようとする人、かな……」


 仮に目の前の魔人が本人だとすれば、説明する内容がちょっと気まずい。

 癇に障ってなければいいけど、なんて少し緊張しながらセオが告げると、ギブが「うーん」と大げさに首をひねる。


「門は乗っ取ったし、王様はぶっ殺したけど、国を変えようとしたわけじゃないから、俺はテロリストじゃないな!」

「……そこまで行動が一致してりゃ同一人物だよ。国を変えようとしたんじゃないなら、何で反乱なんか起こしたの?」

「成り行き」

「成り行き?!」


 軽い性格だとは思っていたが、予想外に軽い返答が帰ってきたため、セオの声が上ずった。


「死にたくなかったらそうしただけ。王様が俺やおっちゃんに何もしなかったら、俺も何もしなかった。お前は殴られたら殴り返さねえタイプ?」

「時と場合に寄るけど……」


 返ってきた答えにセオは戸惑った。

 一時的にとはいえ世界を混乱させるほどの事件を起こしたのだから、もっと大きな動機があるのかと思っていたが、目の前の魔人は思った以上に自分とその周囲の人間という価値観だけで動いている。


 セオの少し困った表情を見て、何かを察したギブが逆に問いかけた。


「もしかして、俺のこと考えなしのバカだって思った?」

「え? あ、いや……そんなことは」


 泳いだ目と開いた間が答えだった。

 そんなセオを見て、「あってるぜ」とギブが笑う。


「バカだからさ。何したらいいかわかんねえのよ。門を狙う奴らをぶっ殺すのはさ、そいつらと俺は違うって思いたいからやってる。行きたくない方向だけはわかってんだけど、行きたい方向は分かんねえんだよな。なんとなくで生きちゃってるんだよ。俺は」


 相変わらずの口ぶりだが、ギブの語りにセオは少しだけ目を伏せた。

 多分、ギブはその口ぶりや身振りから受ける印象ほどバカじゃないし、軽い性格でもないのだろう。ギブが自分をバカというのは、死ぬ理由を探さないための、自分自身への嘘の仮面なのかもしれない。


「セオは俺より頭良さそうだからさ。俺が気付かないところに、気づいたりしてくれるかもって思ったんだよな。だから、行き先は任すぜ?」


 ギブが屈んで、顔をセオの目線に合わせてから右手を差し出してきた。 

 セオも差し出された手を、改まった顔で握り返した。

 握った手は鉄のように冷たかった。なんとなくだけど、内からの温もりを求めているように感じた。


「迷子になっても知らないよ……」

「俺はもう10年迷子だ! 今更文句言わねえよ」


 まじまじと見つめられ、照れ隠しで返すと、ギブが何かを吹き飛ばすようにガハハと大きな笑い声をあげた。

 明るい性格じゃない自分が、あんな目にあった後でも少しだけ前を向こうと思えるのは、きっとギブのこのバカみたいに前向きな部分のおかげだろう。


 だけど、それはギブ自身の為のものでもあったのだろうと、セオは何となく気づいていた。


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