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贄の王  作者: 糸音
第一章 贄と魔人の門

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『ギブ』

 

 少年へ。


 胸ポケットに収まるサイズの小さなノート。魔人の大きな手のひらではめくるのも一苦労だ。

 少年はノートに挟んであったペンを抜き取り、人差し指でページの端をそっとめくり上げ、破かないようにページを優しくめくった。


 おっちゃんが文字を教えてくれていたから、ちゃんと読める。

 まだ習っていない文字には、ちゃんとふり仮名がふってある。

 ~~~~~~


 いつくたばってしまってもいいように、言葉を文字にして残そうと思う。

 俺が生きてても死んでても、少年にまず伝えたいのは、「ありがとう」の一言だ。


 下流に落ちてきたときに、少年に出会ってなかったら、俺は腐った心のまま、一生を終えてしまっていたに違いない。

 少年に文字を教えられて、くだらないことでじゃんけんをしてくれて、俺は人間のままいることができた。

 中流になったら、俺を買ってくれるといったくれたことも嬉しかった。

 喧嘩っ早い少年が、俺が巻き込まれそうなときは、黙って何もしないでいるのも、つらいけど嬉しかった。

 お前は馬鹿な振りしてたけど、ほんとは頭が回って気が利く優しい奴だってのは知ってるよ。その優しさを俺に回してくれたことがたまらなく嬉しかった。

 こんな風に書きだしていったら貴重な紙が足りねえ。

 だけど、とにかく、何もかもだよ。

 少年との日々はこの地獄での唯一の宝物だった。


 もしも、オーナーが約束を守るのなら、お前はきっと中流に、人間になっているのだろう。


 だけど、俺は弱い人間だ。

 お前が俺を買ってくれる前に、贄にされてくたばっていてもおかしくない。


 俺が先にくたばってしまったとき、優しい少年はきっと悲しくてどうすればいいのか分からなくなると思うんだ。


 もしもどう生きればいいのか分からなくなったときに、このノートを見るといい。

 お前が『望んだこと』。全部メモしてある。


 ~~~~~~~~


 少年は、ゆっくりとページをめくる。


 ・名前を手に入れる。

 ・お日様の日差しで目を覚ます。

 ・柔らかいベッドで寝る。

 ・1日中寝てる。

 ・知らない美味いものを食べる。

 ・最高のフライドチキンを見つける。

 ・『苦い』と『しょっぱい』以外の味を楽しむ。

 ・働いた後、『風呂』に浸かる。

 ・ちゃんと給料をもらう。

 ・その給料を好きなものに使う。

 ・学校に行く

 ・友達100人作る。

 ・授業に行く。

 ・授業をさぼって遊ぶ。

 ・誰かと旅行に行く


 本気の願いから、冗談交じりに言ったものまで。

 一つずつ優しい字で箇条書きにされている。その総数は300にもわたった。


 ~~~~~~~~


 出来たことに〇をつけていくと言い。全部に〇が付いてくるころには、きっと最高の人生を迎えている。


 最後に少年、その一歩目として、ひとつだけプレゼントを残そうと思う。

 気に入ったら受け取って、そうでなければ捨ててくれ。


 中流になったとき、もしも名乗る名がないのなら、こんな名前はどうだろうか。


 空っぽになりそうだった俺に、全てを『与えて』くれた少年の名前は——


 ~~~~~~~~~


「……『ギブ』」


 少年は胸に手を当て、小さく繰り返した。


「俺は、『ギブ』……!」


 魂に深く刻み込むように、再び繰り返す。


 体に重心が戻る感覚がした。

 靄のかかった心に空気が吹き込んだ気がした。


 少年は手を小さく震わせながら、『名前を手に入れる』という項目の横に、小さく〇を書いた。


 貰ってばかりなのは俺だよ。おっちゃん。

 ああ畜生。人間の体で読みたかったなあ、この手紙。


 心の震えが体に伝播するが、涙は出てこない。

 もう涙腺は失ってしまっている。


 人間だったならきっとこの手紙を読んで泣いていた。

 その時流す涙にはきっと意味があったに違いない。


 ひとしきり、感傷に浸った後、魔人となった少年——ギブは、外の世界へと繰り出した。


 これは、魔人となった贄の少年が、『自分』を手に入れる物語。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


モチベにつながるので、お話がお気に召した場合は感想やリアクションなどを残していただけると死ぬほど喜びます。


全4章構成の物語、最後までお付き合いいただければ幸いです<m(__)m>

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