今、『自分』は何なのか
少年は商人を殺した後、蟻のように散らばる衛兵や中流のものたちの中から、1人の人物を見つけ出し、その前に立ちはだかった。
「金返せ」
見下ろされながら手のひらを差し出されたオーナーは、その声で魔人の正体に気がつき、ガタガタ震え上がった。
オーナーは腰に下げていた鍵の束を放り出すと、情けない悲鳴を上げながら一目散に逃げ出した。
鍵を拾い上げて向かったのは、自分が育った6番収容所だ。
収容所にたどり着くと、少年のことを上流の者だと勘違いした職員が、姿勢をただして頭を下げたが、
「13番ダヨ!」
とおどけると、声と態度で何かを察したのか、皆泡食った様子で逃げ出した。
施設に残っていたのは、職員と、新しい子供を産むための下流の女たちだ。
皆が地上へのエレベーターへ、場所を奪い合うように乗り込んで消えていく。
「13番ダヨー……」
自分を背に逃げる背中に、何となくむなしさを覚えてから、オーナーの部屋を漁った。
壁に埋め込まれた金庫を鍵で開けようとしたが、どの鍵かわからなかったので、金庫の扉を力任せに剥いで中身を調べた。
大量の紙幣といくつかの宝石が詰まっていた。多分だけど、1億には足りない。
とりあえず詰めるだけ詰めた。自分が今まで稼いだ分よりは少ないはずだから、数えなくても良いだろうと思った。
「……掃除すっか」
小さくため息を吐いてから、おっちゃんの遺言通りに部屋を掃除することにした。
部屋を今まで通りに、ホウキではわいて綺麗にしていく。
両手で持っていたホウキは、今の自分にとっては手ぼうきだった。
腰を屈めないと地面がはわけない。
清掃をしながら少年は考えた。
1億貯めても中流になれなかったんだから、魔人になったところで上流になれないのは、何となく納得している。
でもさぁ、逃げていったやつらの反応からすると、もう下流のままでもないらしいよ。
儀式を乗っ取って、魔人になって。何を手にしたんだろう。
俺は今、何になったんだろう。
最強の能力に無敵の体。別に欲しかった訳じゃない。
全部を失わないように、流れで手にしてしまっただけだ。
望んではない方向に進んで何かを手にした。だけどその何かがわからない。
空を掴んで、何かを掴んだと思って手を開けば、空っぽの手のひらを見つめるのを繰り返す。
心の中でそんな風景ばかりが浮かんで来て、体は重くなるのに、重心がどこにあるのかわからない。
そんなとき、おっちゃんの寝床の付近を清掃していたときだった。
切った紙を紐で括って、ノートにしたものが置いてあった。
――少年へ。
そう表紙にかかれたノートが視界に移り、少年は反射的にそのノートを両手で手に取った。




