儀式の乗っ取り
「……それ、中身何?」
少年が敢えてとぼけて尋ねる。
「毒だ。飲むと楽に死ねる。俺が大枚叩いて買った」
「そいつは……高く売れそうな毒っすねえ。なんで禁止されてるもんもってんの?」
「向こうも商売だからな。金を盛れば仕入れはしてくれる。その後オーナーにチクるだろうがな。没収される前に中身を分けておいたんだ」
「流石おっちゃん、超クレバー。で、それをどうすんの?」
「儀式を中断させる方法、知ってるか?」
少年は首を振った。
「死人を出すんだ。一人でも贄が死ねば儀式が中断される」
「もしかして、寝ている奴に飲ませて中断させて、その隙に俺たちが逃げるとか?」
「飲ませたいか?」
「……嫌っすね」
「だよなあ、お前は。……それに外に出たって、銃を持った衛兵が1000人ほど。そしてその衛兵束ねても敵わない王族たち——魔人が控えている。儀式を中断するだけじゃだめだ」
「じゃあどうすんの」
「乗っ取るんだよ。儀式を」
おっちゃんの覚悟を決めた表情に、少年も思わず唾をのんだ。
「乗っ取る? どうやって」
「儀式が中断すれば、中に誰かが確認に来る。おそらく二人。力を授かる予定の王族と、丸腰の衛兵一人だ。魔人は門の中に入れねえ」
「なんで二人だってわかんの?」
「儀式が完了して、杯の中に溜まった血を最初に浴びたやつが魔人になれるんだ。前に、王族の横に控えていた家臣が裏切って、抜け駆けして力を授かる事件があったんだ。そいつは他の魔人に一族代々皆殺しにされたがな。ともかくだ、中の確認には最小限の人数で来るはず」
「王族と、死んでもいい奴」
「そうだ。死体の確認はそいつがするはず。いざとなりゃその場で動けなくして、すぐに儀式を再開できるから」
中に魔人が入れない以上、中に来るのは人間だ。
魔人からすれば裏切るかもしれない人間の突入は最小限に抑えたい。
特に今回は過去最大1万の門。万が一にも乗っ取りは避けたいはずだ。
おっちゃんの理論に少年はうんうんと頷いた。
「二人来るなら、そいつらを贄にすれば、俺たちのどっちかが儀式を乗っ取れるわけだ」
「そうだ。だから俺が、………………なあ、少年」
「ん? なんすか?」
どっちかが。という言葉に違和感を覚えたおっちゃんが、話を区切った。
「飲みたいのか? 毒を」
「え?」
おっちゃんの問いの意図がわからず、呆けた声が上がったが、すぐさまその意図を理解した少年が「あ……」と声を漏らして、深く考え込んだ。
「……うーん。飲みたいとかいうわけじゃねえけど——」
おっちゃんは自分で飲む気でいたらしい。
少年も自分で無意識のうちに出た言葉の意味に気付き、戸惑った様子で頭を掻いた。
「生きる理由は、なくなっちゃったんだよなあ……」
毒を飲まなかった方が、儀式を乗っ取る。すなわち、魔人になる。
少年は魔人になりたいわけじゃない。生きる理由は今失った。
今、自分は死んでもいいと思ってる。
それに自分が死ぬってことは、おっちゃんがワンチャン生きるってことだ。
できることなら、おっちゃんには生きててほしいが——
「おっちゃん、死にたい?」
少年の問いに、おっちゃんは口をつぐんだ。
正直言えば、「はい」なのだろう。でも、この計画は自身で提案したものだ。
少年はそれに巻き込まれた形なのだ。
少年が生きていたいなら、自分が飲む。
だけど、そうでないなら、この毒は誰が飲むべきか。
正直に答えれば使命を押し付ける。過酷な生き方を押し付ける。
贄という地獄の中で、生きる楽しさを作ってくれた少年に。
口をつぐんだまま、瞳を揺らすおっちゃんを見て、少年は「話し合いじゃあ決めらんねえよなあ」と優しく笑った。
「でもさ、俺たちにはさいきょーの決め方があるじゃないっすか」
「……?」
少年がにやりと笑う意図を理解できず、おっちゃんは疑問の息を漏らした。
そんなおっちゃんの前に、少年はいつものように、無邪気な顔で拳を差し出したのだ。
「じゃんけんで決めましょう。——勝った方が楽になれる」




