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【短編小説】ビルディング(俺だった)

掲載日:2025/12/18

 猫と爬虫類の中間みたいな目をした女医が俺の脇腹から糸を抜いた。

 この人はスポーツカーに乗るんだろうか?

 同僚の外科医か何かとカブリオレで海沿いのホテルでがぶり寄るんだろうか?

 食事は質素なのだろうか?

 パワーサラダ?それとも牛肉を?

 どうやって眠るんだろうか?

 そんなことを考えていると診察が終わる。



 その後はゲームのクエストみたいなものだ。



 通り過ぎた受付に戻って診察券を出してフラグを立ててから再び会計窓口に向かう。

 そこで再びフラグを立ててから自動会計機で支払いを済ませる。

 ミッションコンプリート、あとは確定申告まで領収書をなくさないことだ。



 俺は診察にオプションを付けていない。

 だから女医は「セックスの不足が原因ね」とは言わない。

 そりゃあそうだ!

 気胸がセックスの不足で発生する事は無い。俺は笑う。女医も笑う。

「もう二度と会いませんね」

「えぇ」



 帰り道、俺はバスケットケースの中でうずくまる。

 スミレの花が咲いているのが見える。

 パンジーが揺れている。

 俺は嗤う。誰よりもやさしく。


「退院したらどうなる?」

「知らんのか。労働が再開する」

 通勤。単車にまたがる。

 空気を切り裂いて進む。

 朝焼けの空に伸びた木々は逆光に沈み真っ黒く走る姿は教科書で見た血管みたいだった。

 もしもあの木々が空の血管だとしたら、どんな色の血を流すのだろうか?

 ドボルザーク、ダンサーインザダーク、レインボーインザダーク。


 赤い信号が見えたらブレーキを踏む。

 八回踏む。

「ハタラキタクナイ」

 長い夏休みの父親と子どもが横断歩道を渡る。Like a 信号の影絵。

 禮禍 rainbow in the dark.

 小さな子どもが巨大なビルディングを指差しながら「ああ、お母さん」と言う。

 父親は優しく微笑んで

「そうだね、ファルスとしてのそれで言うならば、あれはお母さんかも知れないね」

 と答える。


 だが子どもは首を横に振る。

「いや違うよ、メタファーとしてのお母さんじゃない。あれは、ほんたうの、おかあさんなのです」

 そして七歩前に出て服を脱ぐと、見る間に巨大なビルディングに変貌していった。

 上の方でどくどくと赤く光るものがモールス信号で送られる遺伝子暗号なのだとしたら、あまり夜景を眺めているのも良くないのかも知れない。

 だって母親はそうやって妊娠してしまったのだから。



 仕事を終えて単車にまたがる。

 退勤の為に労働がある。

 俺は病院の駐輪場に単車を停める。

 俺は自転車の隙間を歩き回り、女医が乗っていた自転車を見つけると、サドルを抜いて自分の首をそこに挿した。



 車椅子と似た視点。

 視線。

 仕事を終えた女医が自転車にまたがる。

 夜。

 だからキャッツアイを点灯させる。

 道が明るくなる。

 光る女医の眼。胡乱な俺の目。

 乱反射する三日月。

 鱗の様に光るアスファルト。


 パンクしているタイヤ。

 擦り切れていく人生。

 女医が眺める夜景。

 女医はビルディングを妊娠して子どもを産む。そうして生まれた子どももまた猫目でやがてビルディングになる。

 俺はどこにも入れない。

 女医の中にも母親の中にも他の女の中にも入れない。

 俺は鏡を覗く。

 作り笑い。

 愛想笑いで疲れ切った労働。

 俺は穴の開いた肺で胎内に空気を送り込む。赤子よ赤子、どうしてそんなに点滅する。あぁ取り壊し計画が恐ろしいのか。



 頭蓋と脳味噌の隙間に飼った虫が鳴いている。

 りんりんりん。

 生きているのは俺だった。

 俺だったんだ。

 目が赤く光る。

 どくんどくんと光る。

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