君は僕の天使
僕は今日も病室から、変わらない風景を眺める。もう、そんな事も慣れてしまった。
僕の名前は、千彰 奇跡(ちあき きせき)。生まれた事が奇跡だから奇跡。
僕は生まれつき病弱で、生まれた時から入退院を繰り返していた。小学校もほとんど行かないまま、五年生の夏休みを迎えてしまった。
そんな僕に友達なんかできる訳もなく、お見舞いに来るのは家族だけ……。
「よっすー! 奇跡! 元気してる~?」
……のはずだった。
病院なのに、大きな声を出しているこの女の子は、美奈都 立樹(みなつ りつき)。僕の幼馴染み。
昔、体調が良い時に公園で砂遊びをしてたら、いきなり交ざってきて以来、仲良くなった。
僕が入院すると、ほぼ毎日お見舞いにやって来る。
「あ~! 今日も暑かった~! プール最高!」
そう言って立樹はベッドに勢い良く腰かけた。プールの塩素で脱色した生乾きの茶髪が揺れる。肌は健康的な小麦色。色白の僕とは大違いだ。
「プールって、そんな楽しいの?」
「もちよ、もち! 奇跡も退院したら行こっ!」
立樹は、ずい、と僕に近づいた。紐の細いタンクトップは、発達してきた立樹の体を強調しており、僕はどぎまぎした。もうちょっと自分の体を理解しなよ……と思いながら、僕は言う。
「行ける訳ないじゃん……」
「また、そんな事言って」
「事実」
僕の言葉に立樹は頬を膨らませる。
「もう。あ、今日は何する? トランプ?」
立ち直りが早いのは、立樹の得意技だ。悪く言えば、何も考えてない。
「良いよ。今日も勝たせてもらうから」
僕は、棚からトランプの箱を取り出す。
「やってみろ~!」
「うう……なんで勝てないの……」
「僕が強いから」
「立樹が馬鹿だから」は、可哀想なので言わないでおいてあげた。
ふと、立樹が棚の上の時計を見た。
「もう、こんな時間。また明日来るね!」
立樹は、ぴょん、と椅子から下りる。「またね!」と手を振りながら、立樹は帰って行った。
まったく、騒がしい。でも、寂しくない。
「奇跡くん、手術を受ける気はないかい?」
僕は、お医者さんの言葉にうつむいて黙る。
「手術を受ければ、病気はほとんど治るよ。でも、逆に言えば……」
その先の言葉は理解していた。
「手術を受けなければ、長くは生きられない」
「なんで、手術受けないの?」
お医者さんが去った後、立樹が扉の影から、そっと顔を出した。
「……」
「きーせき」
黙った僕を立樹は促す。
「……だって……手術って怖いし……。それに……僕なんかが生きたって仕方ないだろ……」
「バカ……」
「え……?」
「バカバカバカ!! 奇跡のバカ!! 私は、奇跡といると楽しいよ!? 奇跡ともっと一緒にいたい!! 一緒にガッコ行って、外遊び回りたい!! なんにも仕方なくない!!」
「立樹……」
僕は、立樹の言葉に、自分の悩みなんか馬鹿らしくなった。
「僕……立樹と一緒にいたい……」
「じゃあ……」
「うん。手術、受けるよ」
僕は、手術を受けた。麻酔から目が覚めると、両親がいた。お母さんは、涙を流して僕を抱き締めた。お父さんも泣いてる。
お医者さんは、手術は成功したと僕達に告げた。僕は嬉しくなって、言った。
「立樹にも教えなきゃ」
そう言うと、両親の顔が暗くなった。僕は、なんなのかよくわからず、戸惑っていると、お母さんが言った。
「奇跡……落ち着いてよく聞いて……」
「?」
お母さんは僕の肩に手を置く。
「立樹ちゃんね……病院に来る途中……車にはねられて……」
嘘だ。嘘だ嘘だ。
「亡くなったの」
神様なんていない。世界は不条理だ。病気の僕が生き残って、ぴんぴんしていた立樹が死ぬなんて。
一緒にいるんじゃなかったのかよ、嘘つき。
これから僕は、立樹のいなくなった灰色の世界で生きていく。天使になった君だけを信じて。