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首無しと狙撃銃  作者: 喜佐見しょうが
4/6

首無しと幻惑の王

 風を裂き、私は空を駆けていた。

 グリオンの背に乗り、雲を抜け、森の上空を滑るように進む。

 空気は冷たく、雲間から差す光が、地上の森を淡く照らしていた。


 光が指し示すは、深い森の中心。

 ただ木々が生い茂るだけで、誰かがいるようには思えない。


 光のもとに辿り着くと、私はグリオンの背から静かに飛び降りた。

 地面に足をつけた瞬間、森の空気が肌にまとわりつくように重く感じられた。


 木々は異様なほど整然と並び、葉の揺れひとつない。

 鳥の声も、獣の気配もない。

 まるで、誰かが“森らしさ”を模倣して作ったような、無機質な静けさが支配していた。


(……これは、自然ではない)


 私は一歩、地面を踏みしめた。


 その瞬間――世界が、弾けるように変わった。


 空間がねじれ、色彩が爆発する。

 緑の森は消え、目の前に広がったのは極彩色の世界だった。


 空は淡い桃色に染まり、雲は金糸のように輝いている。

 地面は絨毯のように柔らかく、花が咲き乱れ、香りが風に乗って漂ってくる。

 建物は歪な形をしていたが、どれも鮮やかな色で塗られ、宝石のように光を放っていた。


 夢魔たちがその建物を出入りし、笑い声が響く。

 彼らの姿は人間に似ているが、どこか現実離れした雰囲気を纏っていた。

 羽根を持つ者、角を持つ者、影のように揺れる者――それぞれが自由にこの空間を行き交っている。


 私はその光景に、しばし言葉を失った。


「ようこそ、僕の世界へ」


 声とともに、背後からミラベルが現れた。

 仮面をつけた長身の男。

 いつもの軽薄な笑みを浮かべながらも、その姿はこの世界の主としての威厳を纏っていた。


「驚いたかい? ここは夢世界ミラージュ。現実と幻想の境界を越えた場所さ。

 特別な方法でないと入れないようにしているんだ」


 私は何も言わず、ただ周囲を見渡した。

 この世界は、確かに現実ではない。しかし幻でもない。

 王の性質を十分に反映しているのが見て取れる。


「さあ、案内しよう。君のためのプレゼントを用意してある」


 ミラベルは軽やかに歩き出す。

 私はその背を追いながら、心の奥にわずかな警戒を残したまま、夢のような世界へと足を踏み入れた。


 ミラベルの背を追いながら、私は夢幻の街を歩いていた。

 極彩色の建物が並び、空は淡い桃色に染まり、風は甘い香りを運んでくる。

 夢魔たちは自由に空を舞い、地を駆け、時に壁をすり抜けて建物に出入りしていた。


(この世界は、理を超えている)


 だが、私の目的は幻想に酔うことではない。

 この地に来たのは、潜入のための準備を整えるためだ。


 ミラベルが立ち止まったのは、ひときわ奇妙な建物の前だった。

 外壁は歪に波打ち、色は虹のように移り変わっている。

 屋根には歯車のような装飾が施され、煙突からは青い煙が立ち上っていた。


「ここが工房だよ。腕利きの職人がいるんだ」


 扉を開けると、内部は一転して整然としていた。

 壁には魔具が並び、机には図面と工具が散らばっている。

 魔力の流れが、空間全体に緻密に張り巡らされていた。


「いらっしゃい」


 奥から現れたのは、眼鏡をかけた白髪交じりの女性だった。

 白衣をまとい、手にはペンと魔力測定器。

 彼女の瞳は冷静で、職人としての誇りが滲んでいた。


「あなたがヴァルグレイムね。話は聞いてるわ。用意するから少し待っててね」


 そういうと工房の奥へと走っていった。


「彼女はシェル、僕の知る限り彼女を超える魔女はこの世界にはいないね」


 ミラベルは得意げに彼女を紹介した。余程気に入っているのだろう。

 しばらく待つと両手に魔道具を抱えたシェルが戻ってきた。

 そして数々の魔道具の中からいくつか手に取ると、こちらに声をかける。


「おまたせ! これがあなた用に調整した変装道具よ。自信作なの」


 彼女は仮面の形をした装置と一枚のカードを差し出した。

 仮面は、黒を基調に、銀の魔紋が刻まれている。

 触れた瞬間、微かな振動が指先に伝わった。


「首元にかざすだけで、姿が変わるわ。実際には用意した依り代に自身を詰め替える……まぁ細かい説明は置いといて、魔族の魔力を封じこんで、外見と気配を完全に人間に変えるの。潜入には最適ね」


 私は仮面を受け取り、静かに頷いた。


「……感謝する」

「それと、このカードは人間としての身分証よ。これがあれば人間の世界にも怪しまれずに潜り込めるわ」


 一枚のカードが差し出された。手のひらほどの大きさに様々な情報が刻まれている。

 私はそれを受け取り、再び頭を下げる。


「後で感想聞かせてね。この店の人気商品にするつもりなの」


 彼女は軽く笑い、再び机に向かって作業を始めた。

 ミラベルは女性に軽く声をかけ、工房を後にする。

 私はその背を追いながら、仮面とカードを懐にしまった。


(これで、人間の地に踏み込める)


 だが、変身の先に待つものは、まだ見えていない。

 私はその不確かな未来に、わずかな覚悟を刻みながら、工房を後にした。


 工房を後にすると、街の喧騒が再び耳に届いた。

 夢魔たちの笑い声、空を舞う羽音、建物の壁をすり抜ける者の気配。

 この世界は、常に動いている。だが、その動きは現実とは違う。

 ここでは、時間すらも夢のように流れていた。


 ミラベルは歩みを止め、振り返った。

 仮面の奥から覗く瞳は、いつもの軽薄さを少しだけ潜めていた。


「さて、君に伝えておくべきことがある」


 私は無言で頷く。

 彼の言葉には、常に何かが隠されている。

 だが、今はそれを見抜くよりも、聞くことが先だった。


「今回攻めてきたのは、100年前に停戦協定を結んだ聖王国。

 君には、その国に行ってもらいたい」


 聖王国――かつて魔族の王と協定を交わした人間たちの代表。

 その名を聞いた瞬間、胸の奥にわずかな痛みが走った。


「そこで何をしたらいい」


 ミラベルは肩をすくめ、仮面の奥で笑みを浮かべる。


「僕からは何も言えないよ。君の思うがままに、真実を探してほしい。

 神のことでも、勇者のことでも、何でもいい。君が見たものが、僕らにとっての答えになる」


 その言葉は、命令ではなかった。

 だが、重みは命令以上だった。


 私はしばらく沈黙し、そして諦めたように頷いた。


「……了解した」


 ミラベルは満足げに頷き、空を見上げる。


「グリオンは、この場所が嫌いみたいだね。僕の自慢の世界なのになぁ」


 そう呟くミラベルを横目に、私は渡された道具を確認する。

 この旅が、何をもたらすのかは分からない。

 だが、進むしかない。


 グリオンを呼び寄せ、出発の準備を始める。

 風が吹き抜け、空が開ける。

 私は再びグリオンの背に乗り、夢幻の地を後にしようとしたその時、ミラベルに呼び止められた。


「そういえば、君、何か面白い物を持っていないかい?例えば――人間の武器とか」


 影の中で何かが蠢いたような気配がした。

 ミラベルは、好奇心と真実を追求する真剣さが混ざった目でこちらを見つめている。

 私は影から長い棒状の武器を取り出すと、ミラベルは顔いっぱいに笑みを貼り付けこう続けた。


「それだよそれ! どう使うかすら見当のつかない、人間の……いや、人間が作れるかも怪しいその技術! 僕たちに調べさせてくれないか?」

「私も扱いに困っていたところだった、よろしく頼む」


 彼にそれを手渡すと、グリオンは息つく間もなく飛び立った。

 まるで何かから逃げるかのように。


 私は風を切り、元来た方角へと向かう。

 人間の地へ。かつての敵の中心へ。

 そして、神の痕跡を追う旅が、今始まる。





「特等席で楽しませてもらうよ、首無しくん」

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