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首無しと狙撃銃  作者: 喜佐見しょうが
2/6

首無しと仮面の男

 主を失った私は、ただその場に立ち尽くしていた。

 もし、あの時城に残っていれば——守れたのだろうか。


 我が主(不死王)は、秘術によって不死性を得ていた。

 常識的な手段では、決して倒せるはずのない存在だった。

 いったい誰が、どのようにして王を討ったのか。


 あの時、戦場で感知した異様な魔力——

 あれが、その正体なのか……?

 思考が渦を巻き、答えのない問いが胸を締めつける。


 しばらくして、私は狙撃手の亡骸の傍に目を向ける。

 その横に横たわる、異様な形状の武具。

 そっと手を伸ばし、拾い上げると、触れた部分から魔力が吸われていく感覚が走った。


「これは一体……そもそも武器なのか……」


 呟きながら観察していると、不意に声が響いた。


「おやおや、不死王の懐刀ともあろう君が、こんなところで何しているんだい?」


 木の上。

 そこには、奇妙な仮面をつけたカラスがいた。

 このような悪趣味な装飾を好む者は、一人しか心当たりがない。


「夢幻王――ミラベルか」

「呼び捨てなんてひどいなぁ。僕にも“様”をつけてくれよ、彼みたいに」


 カラスはひらりと舞い降り、煙に包まれたかと思うと、そこには仮面をつけた長身の男が立っていた。

 不死王と並び、魔族を統治する七人の領主、仮面のミラベル。

 道化師のような衣装に、軽薄な笑み。だが、その瞳だけは底知れぬ深さを湛えている。


不死王(ドミヌス)が討たれたみたいだね。まさか“不死”を冠する王が、最初にやられるなんてさ」


 飄々と告げるミラベルに、私は戸惑いを隠せなかった。


「……何故知っている?それに“最初”とはどういう意味だ。まるで、戦争が始まることを予期していたような口ぶりだな」


 私は剣を抜き、彼に突きつける。

 疑念が次々と湧き上がり、言葉となって口を突いて出る。

 ミラベルは大げさに肩をすくめ、数歩後ろに下がった。


「落ち着いてくれよ、首無しくん。諜報任務は僕ら夢魔の専売特許だ。

 その一環で、王様方にも少し……細工をさせてもらってるだけの話さ」


 私は剣を構えたままミラベルを睨みつけていた。

 だが、彼の言葉に敵意は感じられず、むしろその奥にある何かが、私の警戒心を鈍らせていく。

 やがて、私は静かに剣を納めた。


「……貴様の言葉には、真実と嘘が混ざっている。だが、今は斬る理由もない」

「さすが、君なら分かってくれると思っていたよ」


 ミラベルは仮面の奥で笑みを浮かべながら、くるりと一回転してみせた。


「もう、あの城には誰もいないのかい?」


 私は視線を落とし、静かに答える。


「あぁ。あの城には、我が主と私以外の生者はいなかった。

 それほどまでに、屍兵の力を信じていたというわけだ」


「ふーん……でもさ、自分が死んじゃったら意味ないのにね」


 その軽口に、私は思わず目を細める。


「貴様……」


 ミラベルは肩をすくめ、悪びれる様子もなく笑ってみせた。


「いやいや、皮肉じゃないよ。

 ただ、王様ってのは、時々“自分が死ぬ可能性”を忘れちゃうものだからさ」


 ミラベルは仮面の奥で笑みを深めると、軽く手を振った。

 その仕草に呼応するように、周囲の風が一瞬だけ静まる。


 彼は地面に落ちた羽根を拾い、指先でくるくると回しながら、こちらを見た。


「さて、君はこれからどうするつもりだい? 主を失った忠臣は、どこへ向かうのか?」


 その問いに、私は答えられなかった。

 何もかもを失った今、進むべき道など、どこにも見えない。


「……わからん」


 その一言に、ミラベルは満足げに頷いた。


「なら、ひとつ提案をしよう。君に、ある調査を任せたい」

「調査……?」

「そう。"神"について、だよ」


 その名を聞いた瞬間、私はわずかに眉を動かした。

 少女が口にしていた“神”——この戦争の裏にいる存在。


「君の主を殺した力、戦争が始まった理由、そして少女の発した"神"という存在。すべてが繋がっているとしたら?」

「……貴様は、何を知っている?」

「僕が知っているのはこの目で見たものだけ、簡単なことだよ」


 ミラベルは懐から一枚の札のようなものを取り出し、ひらひらと私に見せた。


「この場所に来てくれ。君が人間の世界に潜るための“変装道具”を用意しておく。

 それを受け取ったら、"神"の痕跡を追ってもらう。……君にできるかな?」


 そう言い残すと、ミラベルは再び煙に包まれ、姿を消した。

 残されたのは、風に舞う仮面の羽根だけだった。


 私はしばらくその場に立ち尽くし、そして静かに人間が残した武器を拾い上げる。

 影が揺れ、包み込むようにして飲み込んだ。


「……“神”、か」


 主を失った今、私にはもう忠義を捧げる相手はいない。

 だが、あの少女が語った“神”の存在。

 そして、ミラベルの言葉。

 それらが、私の中に新たな問いを生み出していた。


 私はまだ見えぬ答えを求め、空を見上げた。

 影が足元に寄り添い、風が背を押す。

 ——これは、忠義を失った騎士が歩む、新たな旅の始まりだった。

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