斉藤寅蔵さま
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『嘘は言ってない間取り図の部屋』
「なんじゃこりゃー!?おい他中!てめー騙しやがったな!紹介料の3万返せや!」
今日から住むことになったアパートの部屋のドアを開けて室内を見た俺は、次の瞬間この部屋の前の住人である他中にくってかかった。
そもそもは俺が広い部屋を探していたところ、彼女と同居するためにこの部屋から引っ越すという他中がここを紹介してくれたのだ。
2LDKで月1万という破格の家賃に飛び付いて、お礼に3万の紹介料を他中に支払って入居の契約をしたのだが。
「まあ落ち着け錫木」
「これが落ち着いてられるか!詐欺だろこれ!」
「詐欺とは失礼な。ちゃんと事前に見せた間取り図のとおりだぞ。嘘は言ってないだろ」
「確かに間取り図のとおりかもしれねえけどな!部屋にこんな段差があって床が滑り台みたいに傾いてるなんて聞いてねえ!」
リビングの床が玄関のかまちより30センチ以上低くなってる。
ちょっとした階段以上の段差だ。
そしてリビングの床はそこから奥に向かって急勾配の上り坂になっており、奥に見える寝室の床は逆に下り坂になっているのが見える。
多分もう一室もまともな造りじゃないだろう。
平面の間取り図じゃこんなの気付きようもない。
考えてみれば、諸々の手続きなんかをこいつがやってくれたのは、事前に情報を得ないように不動産屋と会わせないためだったんだな。
チクショウ。
「じゃあ引っ越しやめる?本の置き場に困ってたんだろ。ほかにこんな広くて安い部屋ある?」
「ぐ……」
確かに造りはアレだが広くて安いのは確かなのだ。
ここ以外に条件に合った部屋を見つけられるとは思えない。
「ま、住めば慣れるさ。耐震補強具で固定すれば家具も滑り落ちないし」
「固定しないと滑り落ちる時点でおかしいんだよ!」
しかしほかに宛てのない俺は結局ここに住むしかないのだった。
◇◆◇
引っ越してから1ヶ月が経ち、悔しいことに他中の言った通り、この床の段差や傾きにもすっかり慣れたある晩のこと。
玄関のチャイムが鳴って、待っていた宅配便が来たと思った俺はついうっかりチェーンも掛けてないドアを開けてしまった。
そこには覆面をして『声をあげるな』と書かれたボードを片手に掲げ、もう片方の手に巨大なナイフを握りしめている男が立っていた。
「ごっ、強盗!?」
慌てた俺は玄関からリビングに逃げた。
「あっ!こら、逃げんな!」
強盗が追ってくる。しかし
「オアッ!?」
ガゴッ!
強盗は玄関とリビングの段差で足を踏み外し転んでナイフを落としてしまった!
そこで咄嗟の思いつきで横にあった戸棚の耐震補強具の留め金を外す。
ズズズザア、ガコン!
「グベッ!?」
耐震補強具というブレーキを外された戸棚が傾いた床を滑って強盗に激突した!
このチャンスに俺は強盗に襲いかかる!
「オラア!引っ掛かったなこのアホがあ!」
……いや、意図して罠にかけた訳じゃないんだけど。なんか気分的に。
で、その後、アパート住人の助けや通報もあり、俺は強盗をふん縛って警察に突き出すことができた。
まあ、俺が襲いかかる前に強盗は結構な重傷を負ってたしな。
警察に連れられる際、事前に下調べをしていたらしい強盗が
「あんなの間取り図でわかんなかったぞ!なんでダンジョンのトラップみたいになってんだよ!?おかしいだろあの部屋!」
と喚いていたがそこは同感だ。
後日、ニュースになったりしたので俺が強盗を返り討ちにした話が広まり、周囲の尊敬の視線を浴びて気分がいい。
なので真相に気付いているらしい他中のムカつく笑顔も、俺は寛大に赦してやることにしたのだった。
【しいなの感想】
なるほど! 平面図ではそれ、わかんないですよね!
それを利用しての強盗退治──
面白かったです(*´艸`*)